JAXAは5月24日、2017年12月から約6か月間国際宇宙ステーション(ISS)に滞在し、6月3日にソユーズ宇宙船(53S)にて帰還する金井宇宙飛行士のミッション成果に関する説明会を実施した。以前弊誌でも取り上げた小動物飼育ミッションについても説明がなされ、実験に用いた遺伝子欠失マウス(ノックアウトマウス)が全数生存帰還に成功したことが語られた。

  • JAXA 金井宇宙飛行士

    船内での金井宇宙飛行士の様子

医者の経験生かし、ミッションを順調に遂行

金井宇宙飛行士を含む3名の宇宙飛行した搭乗したソユーズMS-07宇宙船(53S)が打ち上げられたのは、2017年12月17日

同氏のISS長期滞在のメッセージは、「健康長寿のヒントは、宇宙にある。」というもの。もともと医師として働いていた金井氏は、「健康長寿」に関する課題解決型研究へ貢献すべく、ISSにて宇宙における生物のストレスを計測するための小動物飼育、アルツハイマー病や糖尿病の原因となる「アミロイド繊維」形成機構を解明するためのタンパク質結晶合成などといった研究を進めてきた。

同氏は長期滞在中、数多くのミッションについて作業を担当し、JAXAの利用ミッションでは、29ミッション・134時間(5月20日現在)のタスクを実施しているという。

  • JAXA 金井飛行士 ミッション

    金井飛行士が実施したミッションの例。高品質タンパク質結晶生成、小動物飼育、長期宇宙滞在が脳循環調節機能に与える影響の調査……など、医師としての経験が活きるミッションが多い

JAXA 有人宇宙技術部門の松本聡インクリメントマネージャは、これまでの金井宇宙飛行士の仕事ぶりについて「事前の準備を入念に行い、わからないことがあれば地上の専門家にタイムリーに質問する。これにより、メリハリの良い効率的な作業を行っている」と語った。

さらに、「医師としての経験を存分に発揮し、医学実験やマウス飼育に関連した作業では非常に手慣れた様子でタスクをこなしていた。予定の時間を残して作業を終えることもしばしば」ともしており、金井氏の手際の良さを評価している様子が窺えた。

遺伝子欠失マウス、宇宙より無事帰還

さらに小動物ミッションについての進捗について東北大学 大学院医学系研究科の山本雅之教授(東北メディカル・メガバンク機構 機構長)は、「研究に用いるマウスは、宇宙空間での飼育後、すべて地上に元気に帰ってきた。宇宙空間で生活したノックアウトマウスが無事に地上に帰還したのは、世界で初めて」とコメント。研究が無事に進んだことに嬉しさをにじませている様子だった。

今回実施されたのは、マウス計12匹を用いた動物実験だ。マウス12匹はふたつの群に分けられ、片方は野生状態のマウスの群、もう片方は「NRF2」という転写因子を遺伝子ノックアウト技術で欠失させたマウスとなっている。NRF2とは生体防御を司る因子だ。酸化ストレスや毒物ストレスに応答し、生体防御系を活性化する。これを欠失するとストレスに敏感になるため、欠失マウスの健康指標の悪化を確認することを通して、NRF2の防衛機能を証明する。

これらのマウスは2017年4月にSpaceX-14 ドラゴン宇宙船によって打ち上げられ、その後31日間船内飼育がなされたのち、再度地上へと送り返されていた。

  • 遠心機能付き生物実験装置JAXA

    実験に用いられた遠心機能付き生物実験装置

JAXAでは「きぼう」を加齢者研究支援プラットフォームとして活動することを掲げており、同ミッションは、宇宙空間における「ストレス」が生体におよぼす影響を調査することを目指して行われるもの。宇宙滞在のリスクを軽減させる方策を見つけることで、将来的に、宇宙飛行士のような特殊な訓練を受けた人だけでなく、一般の人であっても宇宙に行ける時代を模索していく考えである。

  • ISS マウス JAXA

    ISS中におけるマウスの飼育の様子。左が野生型マウス、右がNrf2 KOマウス

今回、金井宇宙飛行士はこれらのマウスへの給餌・採血作業を行った。そのことに関して山本氏は、「JAXAによって研究されたキット、そして金井宇宙飛行士の技術が合わさり、マウスに大きな負荷がかかることなく、飼育・採血などといったタスクが滞りなくなされた」とコメント。

  • JAXA 採血キット

    JAXAが開発した採血キット。詳細な技術はまだ公開できないとのことであったが、ネズミの尻尾に小さな傷をつけるだけで採血を実現するとのこと

  • マウス 実採血キット

    採血キット(実物)

さらに山本氏は、「帰還後のマウスを調査した結果、Nrf2欠失マウスは、通常のマウスと比べて体重増加に抑制傾向があるほか、脂肪減少傾向があることがわかった。給餌量に変化はないことから、この原因を調べることで、ネズミがどのようなことにストレスを感じたのか? ということを今後明確にしていきたい」と説明した。

  • 遺伝子欠失マウス JAXA

    地球帰還後のマウスの解析速報。Nrf2欠失マウスは、通常のマウスと比べて体重の増加が抑制されていることに加え、体脂肪も減少していることがわかる

金井宇宙飛行士のソユーズ帰還は6月3日

ISSでのミッションを終えた金井宇宙飛行士が帰還するのは、カザフスタン共和国 ジェスカズガン近郊の草原地帯だ(日本時間6月3日21時40分ころ)。着地点が想定からずれなかった場合には、カラガンダ空港まで移動、送迎セレモニーを経て、ヒューストンへ移動する予定となっている。

  • ソユーズ宇宙船 金井宇宙飛行士

    ソユーズ宇宙船帰還予定地。ちなみに、着地点が予想からずれていた場合、カラガンダ空港以外の場所へ移動し、状況を確認した上でその後の移動先を決定するとのこと

約半年ぶりに地球へ帰還する金井宇宙飛行士は、自身のISS滞在について、どのように語るのだろうか?  「健康長寿のヒントは、宇宙にある。」というメッセージの通り、今回の金井氏のISSでのミッションは、これからの私たちの生活へと影響していくものとなるのか、楽しみに待ちたいところだ。