筆者がiOS 11.3の機能の中で最も戦略的な取り組みであると考えているのは「ヘルスケア」アプリのアップデートだ。iOS 11.3のヘルスケアアプリでは、FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)という標準技術を用いて、医療機関とユーザーのiPhoneの間で医療情報を送受信できる機能が用意されている。

  • 「ヘルスケア」アプリの新機能「健康の記録」により、自分の健康に関する総ての記録とデータを、患者の立場で容易にアクセスおよびコントロールできるようになる

これまで米国の医療機関は、病院ネットワークごと、あるいは病院ごとに独自のアプリやウェブサイトをリリースし、そこにログインして自分の医療情報にアクセスする仕組みを提供してきた。そのため、複数の医療機関にかかっている場合、自分の情報にアクセスするためにいくつものウェブサイトへのログインを繰り返さなければならなかった。

そこでAppleは、病院ごとに散らばってしまう医療情報をヘルスケアアプリに集約して閲覧できる環境を整えようとしている。iOS 11.3リリース時には12の医療機関に限られているが、順次拡大していくことになるだろう。

現状、この分野に積極的に取り組めるのはAppleに限られていると言えよう。Appleはユーザーのデータを端末外に勝手に持ち出さないというポリシーを敷いており、人工知能の成長を優先する他の企業との立場の違いをアピールしている。より個人的な情報である医療情報を預けられるデバイス・ソフトウェアプラットホームとしての認知を拡大させることに努めながら、患者の利便性を追求していくことで、Appleの独自性、優位性を作り出そうとしているのだ。

オバマケア以降、米国の医療保険の価格は上昇し、結果的に医療に関わる個人の負担は増大している。Appleは医療機関との間で情報をやり取りするAPI「CareKit」もiOSで用意しており、iPhoneのヘルスケアアプリがエクササイズだけでなく、健康に関する様々な情報を格納する場として機能するようになれば、在宅でのデータ取得を織り交ぜた、よりコストの低い医療サービスをモバイルで受けられるようになるだろう。

この分野は医療機関、保険会社、患者の三者がそれぞれコストメリットを見出すことになり、一気に加速する可能性を秘めている。

松村太郎(まつむらたろう)
1980年生まれ・米国カリフォルニア州バークレー在住のジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。ウェブサイトはこちら / Twitter @taromatsumura