地球上のどこでも自分の正確な位置がわかる「全地球測位システム」(GPS)。カーナビから携帯電話、腕時計まで、さまざまなもので使われ、いまや私たちの生活にとって欠かせない存在となった。
GPSは、地球のまわりに24機の人工衛星を配備することで、その機能を実現している。そのため、地球上や地球周辺の宇宙空間では使えるものの、地球から遠く離れた深宇宙では、GPSの信号が届かなくなるため使うことができない。
そこで米国航空宇宙局(NASA)は、太陽系内はもちろん、この銀河系の中ならどこでも探査機や宇宙船の正確な位置を知ることができる、「全銀河系測位システム」の開発に挑んでいる。そして2018年1月12日、その実証実験に成功したと明らかにした。
GPS衛星の代わりにパルサーを活用した、新たなる天測航法
GPSの仕組みについて、よくGPS衛星そのものが位置情報を発信し、私たちのもつ端末に届けてくれていると誤解されることがある。
実際には、GPS衛星は時刻や軌道の情報を発信しているだけで、あとは携帯電話やカーナビといった端末が複数のGPS衛星からの信号を受信し、それをもとに端末自身が計算することで現在位置を割り出している。
GPS衛星の信号は地上はもちろん、地球周辺の宇宙空間では使えるものの、衛星から離れていくにつれて信号が弱くなるため、地球から遠く離れた深宇宙の航行や、他の惑星に探査では利用することができない。
そこでNASAが目をつけたのが、「パルサー」と呼ばれる天体である。
パルサーは、超新星爆発のあとに残された超高密度の天体である中性子星の一種で、可視光線や電波、X線やガンマ線を、自転に伴って、規則正しく、パルス的に放射している天体のことを指す。あまりに規則正しく放射されていることから、1967年の発見当初は地球外生命が出しているのではないかと考えられたほどだった。現在までに3000個近いパルサーが発見されている。
NASAのJason Mitchell氏らが率いる実験チームは、このパルサーが出す規則正しいパルスを利用することで、GPSのない深宇宙でも測位ができないか、と考えた。
「SEXTANT」
本当にパルサーをGPS衛星のように利用することができるのか。その実証のため、NASAは「SEXTANT」という実験を立ち上げた。NASAではゲーム・チェンジング開発計画(Game Changing Development Program)と呼ばれる、こうした画期的な新しい技術の開発を行うプログラムがあり、SEXTANTはその一環として行われた。
SEXTANTとはStation Explorer for X-ray Timing and Navigation Technologyの頭文字から名づけられたもので、天体観測や船の天測航法などに使われる「六分儀」を意味する英単語にもかかっている。パルサーを利用した測位・航法は、仕組みこそ異なるものの、天体を利用するという点ではまさしく六分儀を使った天測航法と同じあることから、まったく新しい新しい形の六分儀と天測航法、という意味も込められている。
SEXTANT実験には、2017年6月に打ち上げられ、国際宇宙ステーションに設置された「NICER」という実験装置が使われた。NICERは洗濯機ほどの大きさの装置で、52台のX線望遠鏡を装備しており、中性子星やパルサーを観測することを目的としている。
そして2017年11月11日、NICERを使って、ミリ秒周期でX線を出している4つのパルサーを観測。2日間をかけて計78回の測定を行い、自身の位置を割り出す実験が行われた。そしてその位置データを、GPS衛星を使って測定した位置データと比較することで、パルサーによる測位がどれくらい正確なのかが検証された。
実験の目標は、時速約1万7500マイル(約2万8000km)で飛行する国際宇宙ステーションにおいて、誤差10マイル(約16km)以内でその位置を割り出すことだった。しかし、実際には実験開始から8時間以内に10マイル以内を達成。さらに実験全体では3マイル(約4.8km)以内の正確さで測位することができたという。
SEXTANTのプロジェクト・マネージャーを務めるMitchell氏は「今回の実証の成功により、X線パルサーを利用した航法が、実際に可能だということが確立できました」と語る。
目標は数百フィート以内の精度、「全銀河系測位システム」実現へ
実験チームは今後、今年の後半に2回目の実験を行うことを計画しており、より精度を上げることを目指して、ソフトウェアの修正を行うという。
Mitchell氏は「GPSを地上で使う際には、数フィート以内(数十cm)の精度が必要になりますが、深宇宙探査で利用するためには数百フィート(数十m)の精度で十分です」と語る。
同チームではさらに、将来、実際に無人の探査機や宇宙船に搭載して使用するために、装置の大きさや重さを減らしたり、消費電力を削減したり、計測器の感度を向上させたりといった開発も行いたいという。
これが実現すれば、たとえば火星や木星、土星、その衛星などへの飛行の際に、地球と通信することなく、自律的に自身の位置を知り、航行ができるようになる。さらに、いつかは太陽系をも越えた、銀河系(天の川銀河)の航法でも使えるようになるだろうとしている。
参考
・NASA Team First to Demonstrate X-ray Navigation in Space | NASA
・Station Explorer for X-Ray Timing and Navigation (SEXTANT) | Space Technology: Game Changing Development
・SEXTANT
・About NICER | NASA
・SEXTANT: Navigating by Cosmic Beacon - YouTube
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
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