ノートPCの形状や使われる素材のこれから

――ThinkPadでは、新素材を率先して採用したり、筐体の頑丈さに早くから着目していた製品です。また、キーボードが飛びだすThinkPad 701C、タブレットデジタイザと合体しているTransNoteなど、ユニークなものがありました。ノートPCにおいてフォームファクタや素材はどう変わっていくのでしょうか

内藤:形状が大きく変化するとしたら、ドラスティックに変化することになるでしょう。ですが、変化の前は現在の延長線上に居続けることになると考えられます。

折りたたみ式の「バタフライキーボード」でおなじみのThinkPad 701c

ノートPC本体とデジタルノートパッドという手書き入力部分が組み合わさったThinkPad TransNote

筐体の素材に関していえば、実は素材そのものよりも、加工技術の進歩に依存する部分が大きいのです。マグネシウムだと素材のままでは利用できないので「塗装」が必要になりますが、塗料を塗るのではなく、エッチングのような方法で処理するという加工技術もあります。素材と加工技術の組合せでみると、いろいろな可能性があるでしょう。

多くのメーカーが金属素材を採用していますが、当社はどちらかというと金属素材に頼らないできたメーカーです。たぶん、一番カーボンファイバーを使ってきたメーカーでしょう。金属にも良さがありますが、カーボンファイバーには「軽さ」という強みがあります。とはいえ、マグネシウムにしても、カーボンファイバーにしても、「伝導性」のある素材なので、相変わらずアンテナ配置の問題は残っています。

最新世代のThinkPad X1 Carbonでは、低密度のカーボンファイバー網は積層高弾性カーボンプリブレグではさむことで、より軽量で高剛性を実現。アンテナ部分にはガラス繊維強化樹脂を採用する

また、触ったときの感触では、金属は冷たく感じます。これはカーボンファイバーにはない特性です。われわれは、ものを考えるときに「ラショナル」(理性的な)と「エモーショナル」(感情的な)の両方を考慮します。

例えば、移動手段を効率だけで考えると電車やバス、タクシーということになりますが、格好いいスポーツカーが欲しいという人もいます。「かっこよさ」のようなエモーショナルな要素を考慮しながら、重さや軽さといったところに影響が及ばないようにする、そのバランスをどうやって取るのかが非常に難しい問題です。

「ファンクション イコール ビューティフル」

――製品が格好いいかどうかは、見れば分かることではありますが、抽象的すぎて、いざ作ることを考えると、具体的にどうすればいいのかが分かりません。ThinkPadには、「格好良さ」の「定義」や「基準」はあるのでしょうか?

内藤:われわれは「ファンクション(機能) イコール ビューティフル(美しさ)」だと思っています。リチャード・サッパー(注2)の下で、ThinkPadのデザインに長いこと関わってきたデビッド・ヒル(注3)は、最初に私に虎の後姿の写真を見せて、「自然界には、理由なくてできているものはない」といいました。つまり、「デザインというのはファンクション」なんだと。

※注2:Richard Sapper (1932-2015)。1980年からIBMのprincipal industrial design consultantに、そしてThinkPadビジネスがLenovoに売却されたあとも、2005年までThinkPadのデザインコンサルタントを務めた

※注3:David Hill。2017年6月までレノボ社副社長、 Chief Design Officer & Distinguished Designerを務める。25周年記念モデルであるThinkPad 25は彼のデザインによる

現在のThinkPadのデザイン責任者ブライアン・レオナルド(注4)も、「美しいものが使い勝手が悪いということは絶対あってはならない」といっています。「美しいもの イコール 使い勝手がいいもの」でなければならないと。

※注4:退任したHill氏の後任としてレノボ社PCs & Smart Devices business groupのデザイン担当副社長を務める

レノボ・ジャパン 大和研究所がある横浜市で開催されたThinkPad 25発表会での記念写真。右からブライアン・レオナルド氏、内藤氏、デビッド・ヒル氏

「アピアランス」、つまりデザインの基本方式はこうだというのは、デザイン責任者からトップダウンで降りてきて、そのラインは必ず守られます。それを受けて具体的な筐体を考えるデザイナーが細部を考えるわけです。

とはいえ、デザイナーがこの部分を尖らせたいと言っても、尖らせれば、尖らせるほど、そこにはものが入らなくなります。あるいは、デザイナーが金属を使いたいといっても、アンテナ部分を金属で覆うわけにはいきません。ここは、常にデザインとエンジニアリングが衝突する部分です。これを繰り返しながら、ThinkPadはできあがっていきます。

われわれとしては、デザインが美しいだけのものを作るというつもりはありません。あるいは、美しさだけが先行しすぎているのはThinkPadではないのです。ただ、そこに行き着くのは簡単ではありません。

「ThinkPadの父」に聞く、現在過去そして未来 その1
「ThinkPadの父」に聞く、現在過去そして未来 その2