iPhone 5の供給問題が解決して入手が容易になった12月10日(米国時間)に、「次期iPhone 5S」に関する噂が一気に広まった。これはJefferiesのアナリストPeter Misek氏が投資家向けレポートの中で説明した内容に端を発するもので、詳細はCNETの記事を参照いただくといいだろう。Misek氏が説明したiPhone 5Sのポイントは次のようになる。

  • スーパーHDに対応したカメラとディスプレイ(Retina+)搭載
  • Retina+の実現にIGZO採用
  • バッテリ性能の向上
  • NFC (搭載の可能性)
  • 128GBモデルの追加
  • 6~8色のカラーバリエーション

また同氏は、現在出回っているiPhone 6のプロトタイプから、5Sに続く端末のスペックが次のようになる可能性を指摘している。

  • 4.8インチRetina+のIGZOディスプレイ
  • A7プロセッサ搭載
  • ホームボタン非搭載ですべてジェスチャー操作に移行

このほかMisek氏は、同時に200~250ドルという低価格版iPhoneが6~7月ころに登場することも示唆している。

興味深い話ではあるが、筆者はMisek氏のこれら予測に大きな疑問を抱いている。あまりにスペックを盛り込みすぎで、これら実現性がどの程度なのかをまるで検討していないと思えるからだ。例えばBOMからiPhoneの次期モデルを予想すると(「iPhone 5S」とはあえて言わない)、これまで通り200ドル未満の水準を超えないレベルで調整してくることが予想される。だがiPhone 5についてはたびたび高コストであることが指摘されており、IHS iSuppliのデータによればiPhone 4SのBOMが188ドルと予測されているのに対しiPhone 5のBOMは199ドルとわずかに高い。主なBOM上昇要因は同モデルで初めて採用されたLTE対応チップとインセル方式のディスプレイの2つとみられ、これが組み立てコストを含めて200ドルのラインをオーバーする結果につながったと考えられる。10~20ドル程度のわずかな差と思われるかもしれないが、億単位の販売台数が出るデバイスでの10~20ドルの差は非常に大きく、単純計算で数千億円単位のマイナスとなる。実際、iPhone 5の高コスト体質からAppleの目標株価を引き下げるアナリストも出てきており、iPhone 5における課題の1つとなっているようだ。

Appleは次のiPhoneにおいて、まずコスト問題を解決しなければならない。LTEチップが高コスト要因となっており、このコストが劇的に下がることが期待できない以上、他の部分を削ってBOM全体を下げるしかない。従来までであれば量産効果等でBOMが全体に下がったところで、その下落分を新機能追加に割り当てることができたが、iPhone 5の機能を踏襲した次のモデルに関してはそれを期待することは難しく、大きな機能追加があるとは考えにくい。またこの手の家電製品のアップグレードにおけるセオリーとして「複数の大きな変更や機能追加を行わない」というのがあるが、その理由としてはコスト上昇のほか、新機能追加によるリスクを減らす狙いがある。iPhone 5では「LTEの採用」「カスタムプロセッサのA6採用」「インセル方式の新サイズディスプレイ採用」という3つの大きな変更が加えられており、コスト上昇のほか、部品調達におけるリスクが上昇してしまった。比較的問題が少ないと思われるA6を除けば、LTE採用はコスト上昇を促し、インセル方式ディスプレイ採用はコスト上昇と調達問題の2つのリスクを抱えてしまった。インセル方式は反射率低減や薄型化など大きなメリットがある一方で、歩留まりが低いという問題があり、実際にこの調達遅れが初期のiPhone 5製造の抑制につながったとみられている。現在ではある程度問題が解決されたとはいえ、あまり大きな冒険はできないだろう。

以上を考えると、iPhone 5の後継モデルでようやく安定しつつあるディスプレイ部分に手を入れることは想像しにくい。特にIGZOに関しては現時点でシャープからの入手に頼ることになると思われるが、1社調達に集中させてリスクをさらに高めるのはAppleにとって自殺行為だ。特許闘争の問題や先方から強気な条件提示などが示唆されたこともあり、一時期はサプライヤからSamsung外しを進めているといわれていたAppleだが、実際にはiPadのディスプレイやメモリ製品供給、さらにAxシリーズプロセッサの製造を委託を続けるなど、Samsungを依然として主要サプライヤに位置付け、極力1つの部品の供給を1社に依存せず、複数社から供給を受けるマルチソース戦略を進めている。ゆえに現時点でIGZO頼みとなることは考えにくい。128GBモデル追加の話についても、チップ実装面積や価格を考えれば実装難易度やコスト引き上げ要因となり、可能性は低くなると思われる。カラーバリエーション増加についても在庫積み上げ要因でしかなく、iPodよりも高価なiPhoneで実現する理由がわからない。またMisek氏は次期モデルに「iPhone 5S」「iPhone 6」の2つを挙げ、iPhone 5SをiPhone 6登場までの"つなぎ"として考えている"ふし"がある。そのため、次期モデルにあたるiPhone 5Sが来年6~7月登場という半年のインターバルしかないというわけだ。だとすれば、"つなぎ"製品にも関わらず機能を盛り込みすぎというのが筆者の印象だ。