日本人の読む力が落ちて、吹替が主流に

――外国映画を吹替で観ているときの、日本語の不自然さが苦手で、私は字幕派です。戸田さんは、吹替の不自然な日本語をどう思われますか?

戸田「外国の吹替作品は目を閉じていても、聞こえてくる口調で『これは日本のドラマではない。吹替だ』とわかりますよね。それは、日本語では話すときに口をあまり動かさないせいなんです。日本語では、パピプペポのような破裂音があまりないのですが、英語ではそれが多いのです。また、英語では、「th」では舌を挟む、「R」、「L」で舌の位置が違うなど、日本語にはない、英語ならではの口の動きが沢山あります。その英語の口の動きに合わせて吹替の日本語は作られるので、普通の日本語の話し文とかなり違うものになります。不自然だけども、口の動きを無視して、日本語らしいアテレコをすると映像として観たときに、おかしくなってしまいます。吹替の日本語の不自然さというのは、ある程度やむを得ないことなのです」

――監修を担当された、この『シャッター アイランド』の吹替をご覧になった感想を教えてください。

戸田「日本の吹替の技術は素晴らしいです。合わせ方も完璧ですし、吹替版としてレベルはとても高いと思います」

――戸田さんが今回のようなお仕事に携わるのも、昨今の洋画離れ、字幕離れが大きく関係していると思うのですが……。

戸田「そうですね。私としては、吹替でも字幕でもいいから、とにかく映画を観て欲しいと思うんです。それが、この仕事を引き受けた一番のモチベーシションです。私は字幕で育ったから、字幕が好きなのですが、それ以上に最近の人が映画を観てくれないということが悲しいですから」

――日本では、シネコンを中心に吹替が主流となる動きが加速していますね。

戸田「実は、字幕で外国映画を観てるいるのは世界で基本的に日本だけなんですよ。それは、日本人が字幕という『文章』を読むことに抵抗がなかったからなんです。ところが、最近では、読む力が落ちてしまい、吹替が主流になっています」

――確かに、字幕を読むということが出来ない人も多いようですね。

戸田「字幕に限らず、最近では映画の回想シーン、フラッシュバックがわからないという人も多いと聞いて驚いています。時系列に沿った展開でないと理解できない観客が増えているというんです。これは、映画そのものの危機です……」

――最近は邦画でも、テキストでひたすら主人公の状況や今の感情を説明したり、フラッシュバックでは、露骨に画面のカラーが変わっているというような、わかり易過ぎる作品が増えています。それらの作品に観客が慣れてしまったということがあるのかもしれません。

戸田「映画に限らず頭の中で自分で考えて理解するという根本的な事ができなくなってきているのは悲しいことです。例えば、絵画でも絵を見て自分なりの解釈をするというのが絵の楽しみ方です。絵の横に書かれた解説の通りしかみんながその絵を解釈しなかったら、それは悲しいことです。映画だけでなく文化の危機だと思います」

――戸田さんは、字幕が手書きの時期から映画文化に関わっておられます。そんな戸田さんから見て、映画における字幕の未来はどのようになっていくと思われますか?

戸田「言葉がなくなることはないでしょうが、今は、劇場封切りの5割は吹替です。字幕はさらに減って2割くらいになるかもしれませんね。これは世界的に字幕が減少する原因が、最近の日本人が文章を読まないからということであれば、日本としては文化的な危機だと思います。また、俳優の声も演技なのですから、俳優の声も含めて映画を楽しむのが、本当は正しい映画の観方だと思います。英語ならではの台詞の抑揚も、映画で楽しんで欲しいものです。吹替では、それは楽しめないですからね」

――ただ、字幕では観ない観客が、映画に触れるきっかけになる可能性もありますね。

戸田「今回の『シャッター アイランド』のような吹替版の試みが、映画への興味を深め、観客が増えるきっかけとなるなら良いと思います」

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インタビュー撮影:糠野伸