巨匠マーティン・スコセッシの最新作『シャッター アイランド』のDVD&Blu-rayが9月10日にリリースされる。レオナルド・ディカプリオを主演に迎えたこの本格ミステリー作品は日本公開時、その謎に満ちた物語をより深く広く楽しむため、「超日本語吹替版」という形式で公開された。DVD&Blu-rayにも収録されるという「超日本語吹替版」とは、いったどのようなものなのだろうか? 日本の字幕翻訳の第一人者で、本作の「超日本語吹替版」にも監修として参加している戸田奈津子さんに話を訊いた。

戸田奈津子

東京都出身。津田塾大学英文科卒。1970年より、字幕翻訳者として様々な洋画の字幕を担当。1980年の『地獄の黙示録』以降、年間40本もの字幕翻訳を担当し、字幕翻訳の第一人者として活躍を続ける。来日する映画人の通訳を担当する機会も多い。

耳から言葉が入るとき、違和感を感じる言葉をさらに修正

――まず、この作品の超日本語吹替版制作における、戸田さんの役割を教えてください。

戸田奈津子(以下、戸田)「吹替版の翻訳者の方はいて、私は翻訳をよりわかりやすくするために、監修を担当しました」

――具体的にはどのような部分を監修されたのでしょうか?

戸田「たとえば本編に『You have outstanding defense mechanisms.』という台詞があります」

――直訳だと、「君の防衛メカニズムはたいしたものだ」といった感じですね。

戸田「それでは、観る人には意味は伝わりにくいし、自然な言語ではありませんね。これを『とっさの切り返しが上手い』と字幕では意訳するのですが、今回の超日本語吹替版では、さらにわかりやすく『身を守るための切り返しが上手い』としています」

――かなり親切というか、わかり易い印象の意訳ですね。

戸田「今回は、吹替で耳から言葉が入るとき、違和感を感じる言葉をさらに修正しました。例えば、『不条理には勝てない』という訳の台詞も『そういうものなのよ』というように。とにかくわかりやすく訳して吹替しています」

『シャッター アイランド』

難解な謎解きをより観客に理解させるために、「超日本語吹替版」が制作された映画『シャッター アイランド』
(C)2010 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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――字幕の場合は、映像に合わせて目で文字を追うということもあり、時間内・画面内で表示される字幕の文字数などに情報量の条件があります。吹替の場合は、どのような制限があるのでしょうか?

戸田「字幕は文字数という縛りがあり。吹替にはリップシンクという制約があります。吹替の場合、文字数制約はゆるいのですが、唇の動きに合う日本語でなくてはならないのです。そういう部分が、字幕翻訳制作とはまったく違う仕事です」

――本作での具体例を教えてください。

戸田「例えば『Were you a nurse?』という台詞の場合、字幕では『看護師?』で伝わります。でも、原文では、この言葉を言うと唇が3回動きます。吹替で『看護師?』では唇が1回しか動かず、意味は通じるのですが、観ていて唇の動きと合わず不自然な印象になってしまいます。そこで、あえて今回の吹替では『看護師だったのか?』と翻訳して、自然な印象にしています」

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