前編に引き続き、EMERGING TECHNOLOGIESブースレポートの後編をお届けする。

日立製作所~立体物のデジタルコピーマシン

ここ最近、家電メーカーがこぞって力を入れているのが3D技術。具体的に言えば立体視にまつわるテクノロジの開発だ。

CEATEC 2009でもソニー、シャープ、東芝、パナニックなどの主要テレビメーカーはこぞって3Dテレビ(立体視テレビ)の技術展示を行っていた。

こうした業界動向と連動しているためだろうか、日立製作所もSIGGRAPH ASIA 2009のEMERGING TECHNOLOGIES展示セクションにて、ユニークな立体視関連技術の展示を行っていた。

日立製作所ブース

「Light Field Copy Machine」(以下LFCM)と命名されたそのシステムは担当者によれば「立体コピー機のようなもの」だという。

LFCMは対象物を、その立体的な形状の詳細が把握できるくらいに、超多視点でキャプチャしてしまう「Light Field Camera」(LFカメラ)と、これを裸眼立体視に対応させて表示する「Light Field Display」(LFディスプレイ)から成る。

裸眼立体視手法のうち、微細光学系を使った一般的な方式では、液晶パネルのような2Dディスプレイの表示面にマイクロレンズアレイ(MLA)やレンチキュラーレンズを貼り合わせて実現させるタイプが主流だ。この方式では、各視点からの視線を微細光学系を介して2Dディスプレイ側の対応ピクセルへ導くような構造をとる。

この方式では立体像の解像度は、微細光学系のピッチ(径)を変えずに立体感を上げる場合は2Dディスプレイ解像度を上げて視点に対応するピクセルのペアを増加させなければならない。逆に2Dディスプレイ解像度を変えずに立体感を上げるには微細光学系のピッチを大きくとればいいが、その分、立体像の解像感は低下してしまう。

立体像の解像度と立体感の関係

MLAやレンチキュラーレンズを用いた立体視の仕組み。視点ごとの画素ピッチは微細光学系のピッチにほぼ等しくなる

端的に言えば、2Dディスプレイの高解像度化と微細光学系の小ピッチ化を推し進めるのが、この方式の裸眼立体視の画質向上に繋がると言うことだ。

2Dディスプレイである液晶パネルの画素の微細化は、コストさえ掛ければまだ進化しそうだが、微細光学系はいわばアナログ次元の世界であり、設計精度や製造精度の観点からすれば、闇雲な微細化は難しそうだ。

そこで日立製作所の研究グループは、微細光学系のピッチを現実的なままに留めつつ、立体像の解像感と立体感を同時に向上させる、新しい立体視技術の開発に乗りだした。

それが「重畳投影型立体視」システムになる。

日立の重畳投影型立体視方式を採用したLFディスプレイでは、立体像を構成するピクセルに2Dディスプレイは用いず、なんと複数のプロジェクタを用いる。

構造図解を見ると、複数のプロジェクタからの映像は、下から微細光学系表示面へ投射されているように見えるが、全プロジェクタの映像は、微細光学系の裏面側の焦点距離の位置にところに仮想的なスクリーンを想定してそこに向かって投射されている。通常の2Dディスプレイを組み合わせた微細光学系立体視では視線と2Dディスプレイ側の画素に静的に1対1にマッピングされるが、日立の方式では、各視点へ出射される画素は、複数プロジェクタからのものになるので、必然的に解像度は向上する。

日立LFディスプレイの概念図。前出の従来方式の図解と比較して「W」の値が小さくなっている点に注目してほしい

1視点に対し複数のプロジェクタの画素を見せる……というのが基本原理。プロジェクタの設置位置や角度を調整することで立体感の向上も同時に狙える

逆に言えば、その微細光学系が表現できる立体感を維持したまま、プロジェクタの台数分だけ映像を高解像度にできるということである。

プロジェクタの配置と表示面の角度関係、または表示面座標位置によって出射光線数は変わってくるが、担当者によれば今回のデモで用いられたシステムでは100視点以上の立体像表示に相当するとしている

ブースで展示されたLFディスプレイ試作1号機では、表示面の下に配されたプロジェクタの数は16台、そして試作2号機ではなんと93台のプロジェクタを配置して構成されていた。用いられたプロジェクタはLED光源採用のDLPプロジェクタで、サムスン「SP-P400B」(800×600ドット解像度)。微細光学系としては10LPI(1インチあたり10個のレンズ。すなわちレンズピッチは2.54mm)のレンズアレイを用いたとのことだが、これはレンチキュラーレンズを直交させる形で貼り合わせて構成したとのこと。

実際に見てみると、試作2号機の方が立体感も強く、また解像感も高い事が分かる。これは試作2号機の方がプロジェクタの台数が多く、さらにプロジェクタの設置レイアウトが試作1号機よりもワイドになっているためであろう。

試作1号機。展示ではプロジェクタは16基用いていた

試作2号機。プロジェクタの台数はなんと93基に

試作2号機内部に備え付けられたプロジェクタ群。その数93基

試作2号機の全体外観

展示されていた試作1号機。今回の展示ではプロジェクタは16基を使用

試作1号機での表示。実際の写真から立体像を再構築するよりもCGから再構築した方が立体像としては美しいものができるようだ

今回の展示は「Light Field Copy Machine」と命名されていることからも分かるように、対象物を立体像として取り込むための仕組みも同時開発されている。それがLFカメラだ。

LFカメラの原理はシンプルだ。複数のデジタルカメラを備え付けたパネルが、写真を撮影しながら上から下にスライドしていくメカニズムとなっている。対象物は固定されることになり、これをカメラ群が動きながら撮影することで、多視点のイメージを構築していく。構築された無数の写真データから、LFディスプレイで表示するための、複数のプロジェクタ投射用のデータに再構築するのに演算負荷がかかるが、何分も待たされるほどではない。

仕様デジタルカメラはキヤノン、EOS Kiss X2で、開発時は7台、今回の展示では6台のカメラでの撮影を行うシステムとなっていた。カメラの撮影制御にPCを用いているが、キヤノンのカメラ制御ソフトウェアが1台のEOS Kiss X2しかコントロールできなかったため、カメラの台数分のPCを用意しなければならなかった……と担当者。

カメラユニットにはデジカメが複数備え付けられており、これが上下して対象物を多視点撮影する

現時点ではまだ研究開発段階だが、将来的には医療用途、学術用途などに向けた業務用機器への応用を目指したいとのこと。

規模が大がかりなので、短期的に民生向け転用がなされるとは思えないが、それでも、美術品の正確なデジタル化用途や、博物館のデジタル展示用途などにも用いられれば、我々が接する機会があるかも知れない。

また、進化したバージョンでは是非とも動画を見てみたいと思う。LFカメラが走査取り込みなので実在物の動画は無理にしても、CG動画ならばオフラインレンダリングを行って置くことで十分実現可能なはず。

今後の開発の発展に大いに期待したいところだ。

実際にデモをしていただいた。設置台に対象物を設置

カメラユニット側が動くことで多視点撮影

制御PC群。全てのデジカメ制御を1台のPCにまとめられればもうちょっと省スペース化できるかも?

多視点撮影された写真群。ここからLFディスプレイ向けに写真を再構築

LFディスプレイ向けに再構築された写真データのアップ。これは93台のプロジェクタのうちの1台のプロジェクタ用の表示映像。一台一台投射する映像はそのプロジェクタの設置位置や角度によって異なる

LFディスプレイでの表示。立体像として見えるだけでなく、見る角度や位置によって見え方が変わるのがこのシステムの特長