スマートフォンで鍵の操作をできるようにする「スマートロック」なるデバイスがいくつか登場している。そんなスマートロックの日本での草分け的な製品が「Akerun」だ。今回は、同製品を開発したフォトシンスの代表取締役・河瀬航大氏に、同社の起業に至った経緯やAkerunの開発プロセス、今後の展開予定などについてお話しを伺った。
友人同士の「鍵の不便さ」の話から誕生
―― まずは2014年9月の起業に至った経緯をお教え頂けますか?
最初から起業を考えていたわけではなく、エンジニアの友人同士のディスカッションの中で「鍵をなくして家に入れない」、「家に戻ったときにオフィスに鍵を忘れたことに気づいた」、「カバンの中から鍵を取り出すのが煩わしい」など、"鍵の不便さ"の話で盛り上がりました。そこで、もしスマートフォンが鍵になったら、紛失してもまた端末を購入すればいいですし、第三者に鍵を渡すときも電子的に鍵を発行できるなど、今まで鍵の煩わしさが解消するのではないかと考え、仲間内でプロトタイプを作りはじめました。それが起業する半年ほど前、2014年上旬ごろの話です。メンバーが1人2万円ずつぐらい出し合って10万円程度の3Dプリンタを購入し、秋葉原へ行って部品を買い集めてプロトタイプを制作しました。
―― 最初に「鍵」にフォーカスした製品があって起業されたとのことですが、当初からメンバー同士で IoTは意識されていたのでしょうか?
もともとIoTには興味がありました。それは、私は前職でソーシャルメディア上で「人と人」とをインターネットでつなげる仕事をしていたのですが、それだけではもの足りなさを感じ、「人とモノ」や「人と植物」、「人とロボット」が繋がっていくと面白いんじゃないかという広い意味でのソーシャルメディアに興味を抱いていました。そういった背景がある中で、たまたま「鍵」という課題を見つけて、それはまさに私が考えるIoTの領域だったのです。鍵をネットにつなげる価値、つまりIoTの醍醐味はどこだろうということを考えながら色んなサービスを展開しています。
社名や企業ロゴは「光合成」に由来
――「フォトシンス」という社名についてお教え下さい。
フォトシンス(Photosynth)は「光合成」の略称ですが、無機物を有機物にする光合成のように、無機的な物から色んな物をつなげて有機的な価値ある物を生み出していこう、世の中のエネルギー源となるようなインパクトのある仕組みを作ろうという意味合いを込めて、光合成に由来するフォトシンスという社名にしました。 ――それで御社のロゴも「葉っぱ」がモチーフになっているわけですね?
はい。光合成をイメージしたものになっています。
――IoT製品は得てして多機能化していく傾向がありますが、「Akerun」はAPIを公開するなどカスタマイズをユーザー側に委ねていますよね。
うちの方である程度のサービス組み立ててはいますが、それ以上の機能を求めるのであれば各社のエンジニアのほうで開発して欲しいと思っています。その理由は、鍵のニーズは各社ごとにまったく異なり、出退勤を管理したい会社もありますし、会話機能を備えた「Akerun Pro」では社員とどんな会話をすればいいのかなど、多種多様なんです。そこでユーザー側にAPIを公開してカスタマイズして頂くことで、うまく連携できるようにしたいと考えています。「鍵を開けること」、「鍵を第三者に発行/無効化すること」を基本機能としてユーザーに届け、それ以外のカスタム機能に関しては各社にお願いした方が我々としてもコアな部分に注力できるのではないかと思っています。
――「Akerun」の普及に向けて取り組まれていることはありますか?
今はありがたいことに多くのお問い合わせを頂戴していて、それだけでもかなりの数を受注しているので、まずはそこを徹底したいと思いますが、最近は代理販売店へも委託しはじめましたので、そういったパートナーさんのお力を借りて販売数を増やしていきたいと考えています。
――サービスの多様化については、どういった計画をお持ちでしょうか?
さまざまなサービスとの提携のお話しをたくさん頂戴していますが、実際に形になるのは1/50~1/100程度に絞られそうです。その中から「汎用性の高さ」を重視したサービスを上手く展開していきたいと思っています。
――そういった他社からの提案の中で、社長ご自身が予想だにしなかったお話はありましたか?
「介護施設で入退室履歴を管理できるんじゃないか?」とか「見まもり系サービスと連携できるんじゃないか?」といった提案など、私自身とは遠い業界からの提案を頂いたときには刺激を受けましたね。
アクティブユーザーはオフィス向けが圧倒的
――「Akerun」は元々は家庭向けとしてリリースされ、その後「Akerun Pro」というオフィス向けも登場しました。その割合はどれぐらいでしょうか?
販売台数だけを見ると、家庭向けとオフィス向けはほぼ同じですが、アクティブユーザー率はオフィス向け圧倒的に多いです。家庭向けを購入して頂くのはアーリーアダプターの方々ですが、使ってみて「こんなもんか」と飽きてしまう方も一定数いらっしゃいます。家事代行やパーティーなどで友人をよく家に呼ぶなど、必要に迫られて使っているユーザーは少数派で、購入した方の多くは独り暮らしや一般家庭なんです。そういった環境では、「普通の鍵」も「Akerun」もあまり変わらないですよね。それに対して、不特定多数の方々が出入りするオフィスでは「Akerun」最大の価値である「第三者に鍵を発行できる」、「鍵をすぐに剥奪できる」という利便性の恩恵を受けやすいのです。それが「Akerun Pro」のリリースへとつながりました。
――鍵の権限をすぐに付与できたり剥奪できたりするというのは、いわゆる「民泊」に向いていると思うのですが、そのあたりの期待感はいかがでしょう?
現在ですら東京や大阪はホテルが取りづらくなっている状況の中で、オリンピックまでのインバウンド需要を考えると、民泊が増えてくるのは間違いない状況です。なので、とても期待しています。
――民泊といえば「Airbnb(エアビーアンドビー)」が今は最大のプラットフォームですが、もしも「Akerun」に入室キーを付与する際に決済ができる仕組みがあれば便利ですね。
いいですね! 将来的には実現させたいです。
――今後は「Akerun」を中心とした周辺サービスの多機能化と「Akerun」自体の多機能化という目標があると思いますが、後者の「Akerun」自体の多機能化はどういったイメージをお持ちでしょうか?
あまり詳しいお話はできない部分もあるのですが、オフィス向けということに関しては、出退勤管理や労務管理などには力を入れていきたいと思っています。ハード自体は「Akerun Pro」に関してはすでにかなり完成された製品と言えるまでに仕上がっていますので、現在は「安定供給」に力を入れています。
デザインは人間味と暖かみのある「曲線」を意識
――では、製品のデザインの部分についてのお話しをお伺いします。「Akerun」は銀行マークのような形状をしていますが、何かをイメージされているのでしょうか?
我々は「スマートロック Akerun」ではなく「スマートロックロボット Akerun」と呼んでいるほど、"ロボット"にこだわりを持っています。ロボットに近いプロダクトを目指していましたので、人間味があり暖かみのある曲線を意識したデザインを採用しました。貝のような形状のものなど色々な案がありましたが、最終的にこのデザインに決定しました。また、色はどのドアにもフィットするシルバーを採用しました。
――「Akerun」という製品名は計画段階から決まっていたんですか?
いいえ。我々だけでネーミングを考えていたら行き詰まってしまい、他の方に何か良いアイデアがないかと聞いていたところ、とある女性に「アケルン」という名前を提案されました。動詞が製品名に含まれていると何をする製品なのかわかりやすいうえ、響きも可愛らしいので採用しました。
構造を極力シンプルにして、たった半年での製品化を実現
――わずか半年ほどで製品化されたということですが、開発段階ではどのようなことに苦労されましたか?
デザイン面では、もともと取り付けることが想定されていない場所に後付けするという製品なので、いかにコンパクトで美しく、違和感なく溶け込むようなデザインにすることに苦労しました。
また、半年間で製品化を実現したことについては、我々の創業メンバーにはIT関連に携わる者が多く、IoTならではの開発手法ができたのが大きいと思います。最初にプロトタイプを工場へ持っていったときには「出荷までに1年半は掛かる」を言われたんですが、それを早めるためにさまざまな工夫をしました。例えば、電池残量をスマートフォン上に表示する機能をクラウドを介することで簡略化するなどハードウェアの構造をできるだけシンプルにしたり、あるいはプログラムにファームを書き込む作業も工場の大きな機械を使うのではなく、頭脳となる部分をiPadに任せてインターネット経由で確認しながら行ったりするなどして、可能な限りムダなプロセスを省いたことが、製品化を早期実現を可能にした要因だと思います。
――今後の「Akerun」や「Akerun Pro」の新規導入しそうな業種や施設は、どんなところでしょう?
不動産の内覧もニーズが高く、ホテルや民泊などにも注力していきたいです。工場はスマートフォンの持ち込みが禁止されているところも多いので、物流系の倉庫などの入退室管理などに活用できるのではないかと思っています。
――海外展開の予定はいかがですか?
将来的には間違いなく展開していきたいと思っていますが、現状では日本だけでも新しい市場なので、まずは日本でやり切ったあと然るべきタイミングで海外に出て行きたいですね。
――「スマートロック」の市場は海外のほうが進んでいるのでしょうか?
プロダクトの数では海外のほうが多く、クラウドファンディングを含めると20種類ほどのスマートロックが世界に存在しますが、機能的にはどれも似たようなものです。「Akerun」は自動ドアの鍵が開くようなものがあったり、NFCが使えたりと他のスマートロックの2~3周は先を進んでいると思っていて、世界でも十二分に戦える開発力と、ユーザーのニーズに応える力があると自負しています。
――ありがとうございました。