広告用の画像やコピーから、私たちが消費するテレビ番組や他のメディアに至るまで、あらゆる種類のコンテンツで生成AIの活用が試されています。しかし、消費者の反応はさまざまで、炎上することも。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。

生成AIで何ができて、何ができないかを判断するコンペ

10月14日にロサンゼルス近郊のカルバーシティで、a16zが主催するテックイベント「The Culver Cup」という生成AIで作成された短編フィルム作品のコンペが開催されました。MetaPuppetの「Mnemonade」はYouTubeで、それ以外のファイナリスト作品はESCAPE.aiのサイトで、視聴できます。

Culver Cupは、1対1のトーナメント形式で勝者を決めるという映像作品コンペでは珍しい方式で勝者が決められました。どの作品が勝ち抜いたかについてはここで紹介しません。なぜなら、これは優れた作品を選ぶことを目的としたコンペではないからです。

現在、生成AIで何ができて、何ができないか、どのような課題があるかを確認することを目的としており、勝てなかった作品を観ることにも意味があります。

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    MetaPuppetが出品した「Mnemonade」、謎めいたウェイターが出す料理が引き金となり、彼女は失われた記憶の断片を解き放ちます。認知症で記憶が薄れてしまった祖母へのオマージュとして作られました

Culver Cupには、何百人もの映像クリエイターが参加を希望し、その中から50人が選ばれました。デビッド・スレイド氏(「ハードキャンディ」「30デイズ・ナイト」などの監督)から制作マニュフェストを受け取り、3週間弱の期間で数分の短編フィルムを制作しました。その中から選ばれた8作品がファイナリストとして、LA Tech Weekイベントで開催されたCulver Cupで競い合いました。

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作品を鑑賞すると、キャラクターの一貫性の欠如や視覚的アーティファクトが目についたり、映像にストーリーを合わせているような違和感を覚えることがありました。

しかし、前述のように、この第1回大会の目的は生成AIフィルムの完璧さではなく、何ができるかを見ることです。その点において、イベント参加者からは感銘を受けたというコメントが多く寄せられていました。

生成AIの活用でブランドイメージを損なう企業も

生成AIに関して、ハリウッドはジレンマを抱えています。昨年には脚本家組合や俳優組合による大規模なストライキが起こりました。生成AIは、脚本家・ライター、アニメーター、編集者、俳優など、多くの職業に影響を与える可能性が懸念されています。

新技術の導入に貪欲な広告・マーケティング産業では、すでに生成AIの積極的な導入が進んでいます。Forresterのレポートによると、米国の広告代理店の74%がクリエイティブなコンセプトのアイデアに生成AIを使用しています。また、広告への使用も試され始めています。

例えば、Kraft Heinzの「A.I. Ketchup」です。これは画像生成AIに「ケチャップ」の画像を生成させるとHeinzのケチャップのような画像が多数生成されることから、Heinzがケチャップ画像の投稿を呼びかけたところ「宇宙空間で漂うケチャップ」や「スキューバダイビングをするケチャップ」などユニークな画像が集まり、大きな話題になりました。結果として、Heinzブランドがケチャップのアイコニックな存在であるとアピールすることに成功しました。

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    「AIですらケチャップはHeinzと知っている」、生成AIを巧みにマーケティングに取り入れたHeinz

しかし、Heinzのような成功例よりも失敗例の方が多いのが現状です。今年6月、玩具小売ブラン「Toys"R"Us」が生成AIを用いた広告を公開したところ、「不気味」「生成AIで作る必要性を感じない」といった批判がSNSに殺到して炎上状態になりました。

そのほかにも、Under ArmourやKFC、Absolut Vodkaなど、AI戦略で失敗したブランドや、酷い広告を制作してしまったブランドが続いています。特にブランドの独自性を求める層に対して、生成AIによる「画一的で無機質な」コンテンツはブランドイメージを損なうリスクとなっています。

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なぜCulver Cupが注目を集めるのか?

Culver Cupは、AmazonのAWS Startupsが支援している一方で、Amazon MGM StudiosはCulver Cupに関与していません。

Amazonのコンテンツ制作部門は昨年、映画およびテレビ制作におけるAIの使用について、制作会社を代表する全米映画テレビ制作者協会(AMPTP)の一員として、脚本家組合や俳優組合との交渉に多くの時間を費やしてきており、生成AIに対して慎重な姿勢です。

では、なぜ今Culver Cupを開催され、クリエイターコミュニティの注目を集めたのかというと、この数年のコンテンツ需要の爆発的な増加が背景にあります。

Adobeがマーケティング専門家を対象に行った調査によると、コンテンツ需要は2021年から2023年の間に少なくとも倍増しており、回答者の約3分の2が今後2年間で5~20倍になると予想しています。企業は効率的に制作を増やす方法を模索しており、生成AIはその有力な解決策とみなされています。

Culver Cupと同じ時、10月14~16日にフロリダ州マイアミビーチでクリエイターの祭典と呼ばれる「Adobe MAX 2024」が開催されました。

そこでAdobeは、動画生成AIモデル「Firefly Video Model」など、コンテンツ制作にAIを活用するための数多くの新機能を発表しました。その際に同社は「生成AIは人間の創造性を置き換えるものではなく、創造性を高めるツールである」と述べ、集まったクリエイターにその意義を訴えました。

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また、10月17日にはMetaがホラー映画スタジオのBlumhouseとの提携を公表しました。動画生成AI「Meta Movie Gen」のパイロットプログラムで、アニーシュ・チャガンティ氏(「Searching」「Run」など)やケイシー・アフレック氏(「容疑者、ホアキン・フェニックス」「ライト・オブ・マイ・ライフ」など)といった、映画制作に関わるプロがMovie Genを使い、Metaの研究者にフィードバックを提供しています。

生成AIで効率的かつコストを抑えたコンテンツ制作の導入は必然か?

Metaの生成AI部門の責任者であるコナー・ヘイズ氏は「Movie Genがクリエイティビティにとって最も有用なツールとするために、クリエイティブ・コミュニティと早い段階で対話し、責任ある利用を確保することが重要」と述べています。

ChatGPTの登場以降、生成AI市場には莫大なマネーが流入しています。今後も生成AI技術が私たちの予想を超えるようなペースで進化し、予測通りにコンテンツ需要が増大していくなら、生成AIを活用した効率的でコストを抑えられるコンテンツ制作の導入は必然となるでしょう。

その結果、ハリウッドで失業者が発生するとしたら、それは生成AIを拒否し続けた人たちになるかもしれません。それならば、生成AIによって映像作品づくりがどのように変化していくかを予測し、既存のクリエイティブフローに正しく取り入れていくことが、生成AIの脅威への対策となります。

Culver CupにAIツールのクレジットを提供したPlaybook CTO(最高技術責任者)のスカイラー・トーマス氏は、生成AIによって個々のクリエイターが制作できる量が増え、創造的な作業により時間を費やせるようになると指摘しています。

過去30年でハリウッドの大作映画の制作コストは大幅に上昇しました。その結果、新しいアイデアやフランチャイズに賭けるリスクを避け、既存のものを再利用する傾向が強まっています。「新しいものを創造するよりも再現する方が安全」とするハリウッドに対抗する力として、一部のクリエイターは生成AIの導入効果に期待しています。

しかし、今はまだ、生成AIの可能性について「不明」なことばかりです。生成AIで真の傑作を生み出せるのでしょうか?その答えを知るには、スキルと経験を持つクリエイターに生成AIを使ってもらうのが最も早い方法です。

Culver Cupは生成AIの技術ショーケースではなく、生成AIを使って鑑賞する人を惹き込むようなフィルムコンテンツを作れるのかを探る試みです。

最終コンペに残った作品を観て、「トイ・ストーリーを初めて観た時を思い出した」という人がいれば、「(ストーリーに対して)生成AIである必要性を感じなかった」という人もいました。皆さんはどのような感想を抱いたでしょうか?