全米脚本家組合(WGA)の148日間に及ぶストライキが9月27日に終了した。ハリウッドの脚本家ストライキを終結させた合意には、生成AIを「企業利益」のためではなく、「創作」に活用するためのルールが含まれている。エンターテインメント産業だけではなく、生成AIの影響を受ける全ての産業にとって、重要な先例となる契約になった。

多くの方がこれを海の向こうのハリウッドの騒動と捉えるかもしれないが、日本人にも少なからず影響がおよぶ出来事だ。全米映画テレビ制作者協会(AMPTP)との交渉で、WGAが生成AIから脚本家の利益や権利を護るための基本ルールを引き出したからだ。

生成AIの急激な進展に伴う問題点が増える一方で、AIの規制やポリシーの整備はまだ始まったばかりで、多くの点で未熟な状態である。そんな手付かず状態の環境において、労働者の権利を保護し、AIを活用していくためのフレームワークでWGAとAMPTPが合意に達した意義は大きい。

これはハリウッドやエンターテインメント産業だけではなく、生成AIの影響を受ける全ての産業にとって重要な先例となる契約であり、5カ月に及ぶストライキを乗り越えてこのような合意を得たWGA会員の脚本家に拍手を送りたい。

  • , ハリウッドで脚本家と俳優の組合が同時にストライキを行うのは63年ぶり、脚本家のスト終結で台本の執筆が再開されるが、生成AIが争点の1つに含まれる俳優のストはまだ続いている(Writers Guild of America WestのXから)

    ハリウッドで脚本家と俳優の組合が同時にストライキを行うのは63年ぶり、脚本家のスト終結で台本の執筆が再開されるが、生成AIが争点の1つに含まれる俳優のストはまだ続いている(Writers Guild of America WestのXから)

2023 WGA MBA(Minimum Basic Agreement)におけるAIに関する合意をざっくり一言で言い表すと「AIは作家ではない」、そして「使用は任意、開示は義務」である。主な内容は以下の通りだ。

  • AIが文芸的なマテリアルを書いたり、書き換えたりすることはできない。また、MBA下においてAIが生成したマテリアルはソースマテリアルと見なされない。つまり、作家のクレジットを損なうAI生成マテリアルの使用は認められない。
  • 脚本家は会社が同意し、適用される会社のポリシーに従うことを条件に、執筆サービスにおいてAIを使用することを選択できる。しかし、会社が脚本家に対してAIツールの使用を要求することはできない。
  • 脚本家に提供する資料がAIによって作成されたものである場合、またはAIによって作成された資料を組み込んだものである場合、その情報を脚本家に開示しなければならない。
  • WGAは、AIの訓練に作家のマテリアルの利用がMBAまたはその他の法律で禁止されていることを主張する権利を留保する。

現在の厳しい経済環境に対して、労働者の生産性や効率性を高めるAIの活用は人手不足と景気悪化の悪循環を断ち切るソリューションになり得る。しかし、企業が利益を拡大するためにAIを導入することで、労働者の雇用機会が損なわれる可能性も無視できない。AIは労働者にとって、実に両刃の剣である。

脚本家の場合だと、作家が自身のアイディアを練ったり、リサーチ、文章校正や言い回しの提案などに利用したりすることで、創作活動が豊かになる可能性がある。しかし、例えば、制作会社がテーマだけを決めて脚本の大部分を生成AIに作らせ、そして脚本家に仕上げさせるということも起こり得る。

手軽にコンテンツを作れてコストダウンに繋がるなら、AI生成脚本を人が調整する手法が増加するかもしれない。文芸的なマテリアルとしてAI生成脚本がまかり通るようになれば、脚本家の雇用機会が減少するだけではなく、クリエイターの育成も難しくなり、創作の未来が不確実となる。新たな問題が生じるかもしれない。

合意の最初の3つのポイントは、生成AIが「企業利益」のためではなく、「創作活用」されるためのガイドラインである。AIが生成したコンテンツは文芸作品としての位置付けは受けず、脚本家の報酬や権利が損なわれないようにする。

作家のツールとして生成AIが役立つなら生成AIの成長は歓迎すべきことであり、AIの学習に作家が協力するメリットは大きい。

最近、自分で公式デジタル・ダブルを用意して、それをデジタル版の自分として広告など、さまざまな業務を行わせるタレントや俳優が増えているが、同じように作家の文体や考え方もデジタル・ダブルとして活用できる可能性も考えられる。

しかし、モデルの扱いや管理する仕組みが整っていない現状においてAIに学習させる影響は未知数であり、合意後も不適切なAI学習について権利を主張できる余地を残した。

2023 WGA MBAの契約期間は2023年9月25日~2026年5月1日まで。3年契約だが、ストライキ期間も含まれるため約2年7カ月だ。AIの影響からの保護には短すぎると思うかもしれないが、今年のこれまでの変化を思えば、これからの2年7カ月はその先の方向性を決める非常に重要な期間になるだろう。

2023 WGA MBAは生成AIに関してまだフレームワークを作ったに過ぎない。だが、これまで生成AIについて欠けていた同意、報酬、明確さを雇用側と労働者の間にもたらした。

「AIは作家ではない」「使用は任意、開示は義務」を引き出したこの合意は、まだストライキ中の俳優労組の交渉にも大きく影響するだろうし、エンターテインメント業界を超えて、生成AIの影響を受ける全ての産業において労使交渉の場が整えられるきっかけになりそうだ。

Stupid companies make AI promises. Smart companies have AI policies」(愚かな会社はAIの約束をする。賢い会社はAIのポリシーを確立する)。AIを単なる流行や宣伝材料として利用するのではなく、しっかりとした方針やガイドラインのもとで適切に導入することが、企業や組織の持続的な成長と、社会全体の利益に寄与することになる。

さて、WGAとAMPTPとの交渉ではもう1つ、動画ストリーミングの報酬改善も大きな争点になった。それについても合意に達しているので、次回は動画ストリーミング競争の今後について考えてみようと思う。