最近、「人工知能(AI)」「ディープラーニング」「機械学習」といった言葉をよく見かけます。しかし、そもそも人工知能とは何でしょうか? ディープラーニングで何ができるのでしょうか? 「何となくわかったふりをしてこれらの言葉を使っていたけれど、実はよく知らない」という方も多いのではないでしょうか。

本連載では、教養として人工知能の概要を知りたい方や、身近な人工知能がどうやって動いているのか興味がある方、これから人工知能の勉強をしようと思っている方などを対象に、前半では人工知能の概要について解説し、後半では人工知能のなかでも特に、言語にかかわる技術(「自然言語処理技術」と呼ばれます)について掘り下げていきたいと思います。全編数式は出さず、概念を理解していただけるように努めますので、数字に苦手意識がある方も、ぜひご一読いただければ幸いです。

まず第1回目となる今回は、人工知能の歴史を中心にこぼれ話を交えてお話しましょう。

「人工知能」と「人工無脳」

近年、「人工知能ブーム」だと言われているのはご存じの方も多いと思います。しかし、実はこのブームが「第3次人工知能ブーム」だということをご存じでしょうか? おそらくほとんどの方が、「いつ第1次と第2次があったの!?」と驚かれると思います。それもそのはず、1次と2次はブームと言っても、あくまで限られた研究者の世界での話。一般の人の耳に入るほどの流行ではなかったのです。

なぜ、研究者の世界だけのブームだったのか。理由は簡単。暮らしに役立つほどの性能がなかったからです。

人工知能の最初のブームは、1950~60年代ごろに起きました。ブームの火付け役として、最も有名なのは「ELIZA(イライザ)」でしょう。ELIZAは、(音声ではなく)テキストで対話ができるコンピュータです。なかでも、ELIZAがセラピスト役となって行う対話シミュレーション「DOCTOR」がよく知られています。

DOCTORでは、患者である人間の発話に対し、コンピュータ(ELIZA)が自動で応答します。これだけ聞くと「会話ができるコンピュータなんてすごい! 」と勘違いしてしまいそうですが、実際は単純なパターンマッチで実現していたため、期待されたほどの性能はありませんでした。

ELIZAのように、単純なパターンマッチで実現されている人工知能を「人工無脳」と呼ぶこともあります。ただ、人工知能の定義は曖昧で、どこまでが無脳で、どこからが知能なのかに明確な線引きはありません。そのため、最近ではELIZAにちょっと手を加えた程度の対話コンピュータでも、人工知能の冠を付けていることがあります。

だませたら合格! の「チューリングテスト」

対話コンピュータは第1次ブームから今に至るまで、人工知能において重要な研究課題の1つで、現在も精力的に研究が続けられています。この対話コンピュータに関して、外せない話題が「チューリングテスト」です。

チューリングテストとは、対話コンピュータの性能を測る非常に有名な方法です。まず人間の審判員が、相手が見えない状態で、人工知能または人間と対話します。そして対話後、話した相手が人工知能か人間かを当てるというシンプルなテストです。対話コンピュータは審判員と一定時間対話し、審判員をだますことができれば見事合格となります。

チューリングテストの対話は基本的にテキストで行われる

テスト内容を聞いて、簡単そうだと思いましたか? 実はごく最近まで、チューリングテストに合格できた人工知能はありませんでした。ところが2014年、史上初のチューリングテスト合格コンピュータが現れたのです。「とうとう人間のように対話が可能なコンピュータが出現したのだ」と、世界中が驚きました。しかし、今、世界に人間のように会話ができるコンピュータは存在するでしょうか? 残念ながら存在していません。

実は合格したコンピュータには、「ウクライナ在住の13歳の少年」という設定がありました。すなわち、「(母国語でない)英語だから、言葉遣いが多少変でも許してね」というバイアスがかかった合格だったのです。

また、チューリングテストは一定時間、例えば5分程度の会話ができれば良いので、本当の意味で自由な対話ができなくても合格はできます。人間が何気なく行っている対話ですが、コンピュータが同じレベルで会話できるようになるには、まだまだ時間がかかりそうです。

研究者も驚愕!? 第3次ブームのインパクト

第2次人工知能ブームは「エキスパートシステム」の登場と共に、1980年代ごろやってきました。エキスパートシステムとは特定の分野に特化したシステムのことで、例えば「ホテルの予約をするシステム」「特定の病気かどうかを診断するシステム」などが該当します。

何でもできる汎用人工知能を生み出そうとするのではなく、目的に応じた人工知能を開発しようとした第2次ブームは、より現実的なブームだったと言えるでしょう。実際、「ホテルの予約をする」というようなシンプルな目的に関しては、エキスパートシステムで解決することが可能でした。

しかし、エキスパートシステムは、人間が推論するように自分自身で考えることはできませんでした。なぜなら、エキスパートシステムの大部分は「もしXならばY」というルールに従って推論することで成り立っているため、複雑な思考はできなかったのです。

エキスパートシステムには複雑な思考はできない

この2つのブームが去った後も、研究者たちはコツコツと研究を続けてきました。そして機械学習の登場によって、人々の役に立つ人工知能が爆発的に増えました。これが現在の第3次ブームのきっかけになったことは間違いありません。

そうした役立つ技術が出てきたことこそ、第3次人工知能ブームがこれまでのブームとは異なると言われるゆえんです。現在の人工知能ブームは、研究者間だけのブームではなく、世界中の人を巻き込んだ社会現象となっています。なかでも、数年前から急速な広がりを見せているディープラーニングが登場した際には、多くの研究者たちがショックを受けました。機械学習やディープラーニングについては次回以降で説明していきますので、今はとにかく「ディープラーニングが登場してすごいことになった」ということだけ理解してもらえればと思います。

ディープラーニングは、さまざまな研究分野に大きな衝撃を与えました。私がこの連載で主としてお話する、自然言語処理の分野も例外ではありません。例えるならば、料理人が丁寧に下ごしらえをして作った料理よりも、具材を皮もむかずにミキサーに放り込んで作った料理のほうが美味しかった、というような衝撃です。

今までの自然言語処理の研究者は、「丁寧な下ごしらえこそ重要だ」と信じていました。しかし、その前提が根底から覆されたのですから、それはもう焦りとともに、大きな期待も抱かざるを得なかったのです。そんな第3次人工知能ブームにより、どんな未来が訪れるのか。本連載で人工知能の概略を理解し、この一大ブームの行く末を一緒に見届けてみませんか。

次回は人工知能とは何なのか、具体例と共に説明したいと思います。

著者紹介


国立研究開発法人 情報通信研究機構
ユニバーサルコミュニケーション研究所
データ駆動知能システム研究センター 専門研究員
大西可奈子

2012年お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。 博士(理学)。同年、大手通信会社に入社。2016年より現職。
一貫して自然言語処理、特に対話に関する研究開発に従事。
人工知能(主に対話技術)に関する講演や記事執筆も行う。
twitter:@WHotChocolate