Googleに続いてOpenAIともライセンス契約を結んだソーシャル掲示板サービス「Reddit」。10年前は荒らしやトローリングが横行し、インターネットの闇の一部と見なされたサービスだったが、今は価値のあるコンテンツ、ニュースやエンターテイメントの情報源として多くの信頼を得ている。→過去の「シリコンバレー101」の回はこちらを参照。
「米国版2ちゃんねる」が地位を確立できた理由
Redditが好調だ。IPO後初の1〜3月期決算は、売上高が市場予想を上回った。2月にはGoogleとAI学習のためのライセンス契約を結び、さらにOpenAIとも同様のパートナーシップに合意した。報道によれば、Googleとの契約は年間6000万ドル相当になる。Redditは生成AIのモデル開発に影響を及ぼすサービスとしても注目を集めている。
Redditの設立は2005年である。すでに18年の歴史を持つが、現在のようなステータスを獲得したのはここ数年のことである。日本では「米国版2ちゃんねる」と紹介されることが多い。
実際、2014年までは、荒らしやトローリング(挑発的な発言や虚偽情報の拡散など)、過激・不適切なコンテンツが横行する、インターネットの闇の一部と見なされていた。それが、いかにしてインターネットの宝石と見なされる地位を確立できたのか?
決算発表で示されたデータで際立っていたのは、過去3四半期のデイリーアクティブユーザー(DAU)の伸びと、ログアウトした状態の利用者の多さである。
1〜3月期のDAUは8270万人で、そのうちログアウト・ユーザーは全体の52%に相当する4310万人だった。伸び率を比べると、ログイン・ユーザーが前年同期比27%増だった一方、ログアウト・ユーザーは同48%増だった。
投票で価値が認められたコンテンツが目立つ
Redditのコミュニティに参加したり、投稿するにはメンバー登録をしてログインしなければならない。ログアウト状態では投稿を閲覧することしかできない。
ログアウト・ユーザーからは得られるデータが限られるため、半数以上がログアウト・ユーザーというのは、ソーシャル掲示板サービスとしてあまり良い状態ではないように思える。だが、非レディター(Redditor)も惹きつけていることが、現在のRedditの強みを表している。
Redditには投票システムがあり、優れた投稿や説得力のある投稿、コミュニティの総意を得た投稿がアップ投票でディスカッション・スレッドの上位に押し上げられる。逆に不快な投稿、マーケティング、極端な意見はダウン投票で目立たない場所に押しやられ、場合によっては葬り去られる。人の手によって価値が認められたコンテンツが目立つ仕組みである。
「AI検索は『Google検索が死にかけている』問題を克服できるか?」で紹介したように、Google検索の結果でジャンクなコンテンツがSEOで押し上げられ、本当に役立つレビューや体験談を見つけるのに苦労するようになった。
そうした情報を得る手段として米国でRedditが利用されている。一般の検索ユーザーですら、Google検索のクエリの最後に "Reddit "を追加するようになったから、Redditのログアウト・ユーザーが増えているのだ。
不適切なコンテンツを禁止するルールを設ける
ただ、投票システムのみでRedditがコンテンツの信頼性を高められているわけではない。前述したように、2014年ごろまでRedditは、グロテスクなコンテンツや不快なコンテンツであってもホスティングするというサイトのコミットメントを言論の自由として、誇らしげに擁護していた。実際にそうしたコンテンツが、投票システムで上位にランクされるサービスだったのだ。
しかし、フェイクや偏向などソーシャルサービスに対する監視の目が強まる中、Redditは悪質なコンテンツを取り締まる必要があると判断した。ハラスメントや不適切なコンテンツを禁止するルールを設け、何千もの有害なコミュニティを削除し、荒らしを許さないことを表明した。路線変更にRedditor達は猛反発したが、Redditは大胆な手法でプラットフォームの改革を成功させた。
同社はまず、規則違反対策を個人や投稿ではなく、スペースにまで広げた。Redditは、他のソーシャルメディアサイトと異なり、トピックごとに組織化されている。ユーザーは、ガーデニング、アニメ、iPhoneなど、特定の領域に焦点を当てたサブレディット(subreddit)に参加する。
Redditは違反行為に対して、その責任を個人だけではなく、それが多発するサブレディットにも負わせた。これはクリーンアップ方針を批判していたRedditorのさらなる怒りを買った。
だが、結果的にこのアプローチが功を奏した。後に研究者がその効果を調査したところ、サブレディット削除によってサイト全体の毒性が目に見えて減少したことがわかった。
禁止されたコミュニティに頻繁に出入りしていたトロールは、Redditを離れるか、行動を改め、有害なスペースが再び組織されることなく、ルールを守る利用者がクリーンで憎悪の少ないプラットフォームの恩恵を受けることができるようになった。
それはコンテンツのモデレーションの向上にも役立った。多くのソーシャルメディアはモデレーションを中央集権的な手法で行なっているが、Redditはボランティアのモデレータに権限を与えている。
管理にばらつきが起こるデメリットはあるものの、サブレディットを管理するモデレータはそれぞれのフォーラムのテーマに精通している。コミュニティをクリーンで安全に保つ基本ルールが確立されたことで、自由裁量がリスクではなく、モデレータそれぞれの個性や能力として発揮されている。
プラットフォームの健全性だけではなく、Redditでバイラルになるものの性質もここ数年で大きく変化している。以前は「karma farmers」と呼ばれるエンゲージメント・ハッカーによる再投稿コンテンツが月間人気投稿ランキングの上位を占めていたが、今はオリジナル・コンテンツがほとんどである。
Redditでは、雑談、スポーツや政治から技術、NSFW(Not Safe for Work)まで幅広いトピックについて、肩苦しくない言葉で、流行語も交えて語られている。また、人の手によって価値があると認められたコンテンツと、逆にダウン投稿された投稿を評価できる。一般に公開されている大量の書物や論文、Webサイトを摂取してきた生成AIに、より人間的な表現を学ばせるトレーニングにうってつけなのだ。
2ちゃんねる創設者のひろゆき氏がRedditについて、「(ログイン系の掲示板は)日本ではうまくいかないんじゃないかなぁと思ってます」とコメントしていた。投稿数やコミュニティを築く容易さで比べたら、米国でもログイン系の掲示板は苦戦している。実際、Redditのログインユーザーのコミュニティ規模はソーシャルサービスとしては小さい。
しかし、規模を大きくすることではなく、価値のあるコンテンツが作られる安全なコミュニティにこだわったことに、今日のRedditの成功がある。掲示板なので今でも雑多で荒削りではあるが、掲示板ながら何百万人もの人々にとって信頼できるニュースやエンターテイメントの情報源となっている。