第3四半期に米国でEV(電気自動車)の販売台数が初めて30万台を超えた。前年同期比49.8%増の伸びだが、EVシフトの停滞を懸念する声が広がっている。ハイブリッドやICE車の売れ行きが堅調であるのに対し、今年に入って販売店にEVの在庫が増え始めているのだ。→過去の「シリコンバレー101」の回はこちらを参照。
EV分野に米自動車メーカーが次々と[Ctrl]+[z]
EV分野で「出遅れ」と見なされがちだったトヨタ。ところが、その全方位戦略が米国で評価され始めている。きっかけはEVの成長の鈍化だ。
Cox Automotiveによると、2023年7〜9月期の米国のEV販売台数は31万3,086台。前年同期比49.8%増だ。一見すると健全な成長率だが、それでも販売店には未売のEVが増えている。
半導体不足に起因する供給不足から一変し、今年に入ってEVの供給日数(自動車メーカーがディーラーに対して在庫を供給できる日数:在庫車両数の目安)が長くなっており、7月の始めには110日を超えた。10月初旬には97日まで減少したものの、年初の52日から50日台を保っているICE(内燃機関)車に比べて大きな差が生じている。ハイブリッド車やICE車の売れ行きが堅調であるのに対し、EVは販売ペースが減速し、供給過剰になっている。
そのような状況を受けて、自動車メーカーはEV戦略の見直しを余儀なくされている。FordとGM(General Motors)はEV生産台数の短期目標を断念。FordはEV向けミシガン州に新設する予定だったEV向けバッテリー工場建設を中断した。
GMはミシガン州オリオンの工場でのEVトラックの生産開始計画を延期し、中小型EVの普及を目指したホンダとの共同開発プロジェクトから撤退した。Teslaも7〜9月期の決算発表においてメキシコでのGigafactory建設の延期の可能性を匂わせた。あれほど熱心だったEVへの野心に米自動車メーカーが次々に[Ctrl]+[z]を押し、ハイブリッド車やガソリン車の販売に力を注ぎ始めている状況から、「カーボンニュートラル実現の道は1つではない」とするトヨタのアプローチに対する支持が増している。
アナログ時計の人にEVは売れない?
では、このままEVシフトは後退してしまうのだろうか?
EVの将来に対する不安が報じられ、EVがほとんど売れていないかのような印象が広まっているが、実際のところEVの販売台数の伸びは49.8%増であり、四半期販売台数が30万台を突破した。「爆速」の成長が「急速」に変わったに過ぎず、現時点ではEVの好調さに変わりはない。
ただし、今EVの伸びが減速している原因は重要である。この鈍化がバブルがはじける予兆である可能性があるからだ。
その理由は複数存在する。まず、アーリーアダプターが飽和状態に達し始めていることだ。EVの普及は、単なる動力源の変更ではなく、携帯電話がスマートフォンへと進化した際のような変化である。新しい技術への適応が速い人々には強く訴えかけるものの、そうでない層には拒否感が強い。
Apple Watchを愛用する人々にはEVを売りやすいが、今でもアナログ時計を手に巻いている人に売るのは難しい。EVは大衆の関心を集めなければならない時期に差し掛かっており、充電ステーションや修理サービスを提供する場所などを含め、十分な安心感を一般消費者層に与えられていないのが現状だ。
米国の自動車メーカーの多くにも責任の一端がある。多くの企業がこれまでの需要パターンがEVにも適用できると見て、最初からトラックやSUVの生産を重視してきた。しかし、それらの大型車にはより大容量のバッテリーが必要になる。メーカーは顧客の要求に応じた航続距離と信頼性のあるバッテリーサイズを宣伝しているものの、サプライチェーンはそれに追いついていない。
EV市場の急成長にも十分に対応できておらず、大型車が市場に流通するにつれてその負担が増している。加えて、米中対立の深刻化、米中デカップリングがこの問題を一層複雑化させている。
EVは「政治的なフットボール」になっている
Fordのジム・フォーリーCEOがThe Wall Street JournalとのインタビューでEVが「政治的なフットボールになっている」と述べていた。
EVのアーリーアダプターが最も多いのは西海岸であり、続いてワシントンDC周辺と東海岸に多い。それらの間の州では少ない。つまり、リベラルな民主党支持者が多い州でEVは好まれ、それらに比べて共和党支持者が多い州では人気が低い。2024年の大統領選を前に、EV義務化を支持するバイデン政権に対し、共和党は対立の立場を強めている。
それが真っ当な環境の議論になっているのならともかく、選挙戦で環境問題がポジショントークに利用され、EV支持者への極端な批判が、EVを検討している人々の心理的不安を増大させている。
もしトランプ氏が再び大統領選を勝ち抜いたら、EV産業に逆風が吹く可能性がある。だが、共和党支持者が多く、製造業の拠点も多い中央の州でEV用のバッテリーが製造される環境が整えば、逆に追い風になる可能性もある。政治の風向きによって、EV産業の先行きが左右されている。
最後に価格と費用だ。Kelley Blue Bookによると今年夏の時点でEVの平均取引価格は5万3,469ドル、ガソリン車は48,334ドル。また、EVは修理費用を含めた維持費も高額である。
加えて、今の消費者の懐事情がEVの先行きを不透明にしている。McDonald'sの7〜9月期決算は予想を上回る好調な内容だったが、今年に入って年収4万5,000ドル未満の客層が減少している。
それに対し、4万5,000ドル以上の層の利用が増えており、値上げの影響も相まって最終的に売上高を伸ばせた。経済の不確実性が高まる中、所得が低い層は外食を控え、所得が高い層は外食に代えてファストフードに頼る傾向が出ている。新車購入においても同様の傾向が見られ、これまで9万ドル前後が続いていた新車購入者の世帯所得の中央値が12万ドルを超えて上昇しており、特にEVの購入者は高所得層に偏っている。
経済指標を見ると、高インフレと高金利の中でも消費の落ち込みが見られない米国経済の強さが窺える。だが、実際には車や家のような大きな買い物から冷え込みが始まっている。低金利の時代は、中流層も大きな買い物に積極的だった。しかし、金利が22年ぶりの高水準に達している今日、金融緩和時代に過熱された消費熱が限界に達しようとしている。クレジットカード債務が急増し、その遅滞率が2011年以来の高水準に達しているのだ。
現在の状況はリーマンショック前に似ており、バブルがはじけるリスクを含んでいる。自動車メーカーは、特に好景気時に将来の革新性から多くの注目を集めて投資の対象になってきたEVについて、今後の経済環境に対して慎重に行動する必要がある。そうしなければ、Webバブル崩壊のような運命に見舞われるかもしれない(Web 2.0企業のようにそれをチャンスと見る向きもあるだろう)。EVの成長の鈍化は、EV産業に限らず、痛烈な調整が起こり得ることへの警鐘と見なすべきなのだ。