下の写真は、今米国で話題の飲み物「リキッド・デス(Liquid Death)」だ。スラッシーな外観からエナジードリンクまたはストロング系高アルコール飲料を想像すると思う。ところが、ただの水である。白い缶がミネラルウォーター、黒い缶がスパークリング・ウォーターだ。
2019年創業のスタートアップLiquid DeathがScienceからの7000万ドルの調達に成功、それによって評価額が7億ドルを超えた。Scienceは、大手が君臨していたカミソリ市場をD2C/サブスクリプションで変えたDollar Shave Clubを見い出したことで知られる。何かを生み出す力を持ったスタートアップを高く評価する投資サービスであり、Scienceからの出資でLiquid Deathの注目度がさらに上昇している。
では、Liquid Deathの力とは何かというと、ただの水を話題の商品にしてしまうマーケティング力である。
創業者のマイク・セサリオ氏は広告代理店でアートディレクターやクリエイティブ・ディレクターを務めていた経歴の持ち主で、ハードコアなパンク/メタル音楽が大好きで自身もバンドでプレイしていた。Liquid Deathのアイディアは、2008年のWarped Tour(ロックとエクストリームスポーツのフェス)で思いついたという。エナジードリンク・メーカーがスポンサーだったため、ステージではアーティストがエナジードリンクを飲んでいた。ところが、缶の中に自分で水を入れて飲むアーティストが少なくなかったという。そこで、逆にアーティストが飲んでいるのをアピールするような水があると面白いと考えた。
「ライブミュージシャン向けの水」にニッチな市場があると期待したのではない。セサリオ氏は「ホワイトスペースを探せ」を広告マンとしての価値観にしていた。カッテージチーズとか、プラごみ問題で注目される前のストローなど、普段見過ごされている退屈なカテゴリーにこそ、既存の製品やサービスが開拓できてないニーズを掘り起こせる可能性がある。
セサリオ氏がよく例に挙げるのが英Virgin Groupだ。航空ビジネスが退屈なものでしかなかったからこそ、Virginが面白いものに変えたインパクトが大きかった。水は人に不可欠な飲み物である。だが、広告産業ではヘルシーな飲み物でしかない。飲料水のマーケティングと言えば、ファミリー層を対象にした環境保護と水の特徴を並べたものばかりだ。そんな商品だからこそ、ブランディングを施すことで面白いものに変えられると思った。
水とは思えない名前とパッケージデザインに、「Murder your thirst(おまえの渇きをぶっ殺す)」、「Don't be scared. It's just water(怖がるな、ただの水だ)」というキャッチコピー。
Liquid Deathを片手に、持ってもう一方の手では人差し指と小指を立てて「悪魔の角」のジェスチャーをする女の子の写真に、「Everyone will mistakenly think you're an alcoholic(誰もがあなたをアルコール依存症と誤解する)」という一文を付けたポスター。1970年代のペプシ・チャレンジ風のブラインド・テイスティングを装って、参加した人にLiquid Deathとブレンダーで液状にした和牛チーズバーガー(7,500円もするが飲み物としては非常にまずい)を目隠しで飲み比べさせ、そのリアクションを集めたYouTubeビデオなど。水の特徴や品質、製品の環境保護の取り組みなどは一切語らず、ひたすらアテンションを奪ってブランドを知ってもらうことに100%全てを注ぎ込ぐ。セサリオ氏はLiquid Deathを水のブランドではなく、誰でも面白いと思える「ヒューマン・ブランド」と表現している。
しかし、このハチャメチャに思えるマーケティングも、本格的に展開する前にちゃんと市場調査を行っていた。ヒューマン・ブランドで水を売るというコンセプトの広告コンテンツを1,500ドル(約22万円)を投じて作成し、3,000ドル分のFacebook広告を展開。その結果、わずか3カ月でAquafina(PepsiCoのボトルウォーター)の広告を超える300万ビューを達成。「いける!」と思った。その実績を持って家族や友人の出資からスタートし、そして2億5000万ドルの最初の資金調達ラウンドにつなげた。
ビデオや広告だけではない。ソーシャルメディアでのアンチ・コメントを歌にしたレコードを販売してみたり、ヘビーメタルのヨガスタジオをオープンさせるなど、面白くて話題になるなら"やってみる"、そんな従来のマーケティングの枠にはまらない破天荒な手法で、ユニコーンも不可能ではないところまでやってきた。
パンク/メタル好きが飲む水……常識では的外れなマーケティングである。でも、バカバカしくて面白い。「素晴らしいアイデアというのは最初はバカバカしく思えることがよくあります。そのアイデアがバカバカしいと思えないとしたら、すでに誰かがそれをやっているのです」、LinkedInの共同創業者であるリード・ホフマン氏のこの言葉がセサリオ氏の行動原理なのだ。
今後Liquid Deathがメジャーなウォーターブランドとして定着するかというと、その可能性は高くはなさそうだ。Virginには航空会社を面白い存在にするマーケティングだけではなく、空の旅を楽しくする体験が伴っていた。Liquid Deathは悪ぶって水を補給する面白さはあるけど、水を飲む体験を大きく変えるような商品ではない。いずれ、バイラルマーケティングの域を超えられるない壁にぶつかる可能性は高い。しかし、水を話題の商品に変えたマーケティング力のインパクトは大きい。
ソーシャルメディアの時代、人々の注意を引くもののハードルが上がっている。競争は激しく、「旧来の広告では通用しません。かっこいいものを作っていてはダメ、人々を惹きつけるのは面白いものです」とセサリオ氏。Liquid Deathブランドは「プロレスのようなものだ」という。ジ・アンダーテイカー(80年代後半から長く活躍した"墓掘り人"レスラー)が本当に地獄からやってきたと思っているファンは一人もいない。だが、そんなジ・アンダーテイカーがプロレスファンを楽しませWWEの大市場が築かれた。最後に選ばれるのは水というブックがあり、意外性満載のアングルを展開させれば、ただの水が最強の飲み物になるのだ。