スマートフォン市場に不況の波が押し寄せている。米調査会社のIDCのによると、2022年4~6月の世界出荷台数(推計値)は前年同期比8.7%減の2億8600万台。4四半期連続で減少した。昨年後半の減速は主にサプライチェーンの混乱によるものだったが、今年に入ってインフレやドル高、それらに起因する景気低迷が新たな減速要因になっている。特にここ数年のスマートフォン市場の成長を牽引してきた中国での落ち込みが目立ち、同国の出荷台数は前年同期比で14.3%減。Xiaomiやvivo、OPPOといった中国メーカーが揃って販売台数を下落させた。
そうした中で、9月7日(米国時間)に米Appleが新型iPhoneを発表した。低〜中価格スマートフォンですら苦戦しているマクロ経済状況で、ミドル上位からプレミアム帯の製品がほとんどのiPhoneは売れるのだろうか?
人々が財布のひもを固める時に高価格帯の製品は売れ行きが鈍りそうなものだが、実際には景気の変化の影響を受けにくい。Counterpoint Researchによると、スマートフォン市場が低迷し始めてからも1,000ドル以上のプレミアム帯だけは堅調で、第2四半期に売上高が前年同期比94%増だった。
低価格〜ミドル下位がインフレ圧力を受けやすい一方で、プレミアム帯のユーザーは端末が備える機能や技術の価値を重視し、経済が冷え込んでいる時でも買い換える価値があると判断したら購入する。加えて、新型コロナで行動を制限された時期にスマートフォンの重要性を認識し、「より安く」ではなく自分達の「ニーズを満たす」機種を求めるユーザが増えている。そうしたユーザーは、ミドル上位〜プレミアム帯の端末を選ぶ可能性が高い。
現在Appleは400ドル以上の売上高シェアの57%を占めており、マクロ経済の逆風を避けて同社は前進を続けている。
不況期は進化のチャンス、過去には名機「MacBook Air」が登場
今のスマートフォン市場の状況は、2010年前後のパソコン市場に似ている。2000年代後半に、パソコン市場で300〜800ドルで購入できるネットブックと呼ばれた格安ノートPCと、そのデスクトップ版のネットトップが市場を席巻した。Linuxを搭載していたネットブックに対抗して、Microsoftがネットブック向けのWindowsを用意。さらにネットブックやネットトップより性能を高めた低価格Windows PCが登場するなど低価格帯の競争が激化し、そうした中で1,000ドル超のMacはシェアを落としていた。
ところが、サブプライム住宅ローン問題とリーマンショックによる金融危機で状況が一変した。景気減速、パーツコストが上昇し、2011年にはタイの水害でHDDの価格が跳ね上がった。低価格PCは数%のマージンによる薄利多売で展開していたため、コスト上昇で簡単に利益が吹き飛んだ。対して、30〜40%のマージンを設定しているAppleは不況期にもコスト上昇を吸収でき、安定した収益を確保した。
では、景気の回復とともに元の低価格競争に戻ったかというと、さにあらず。そのままネットブックは市場から消えていき、低価格Windows PCもリーマンショック以前のような勢いを取り戻せなかった。なぜか?
不況期にPC市場の成長セグメントが低価格帯から1,000ドル超の価格帯に移り、そして2010年にAppleが新デザインの「MacBook Air」を発表。11インチモデルが「999ドルから」、13インチモデルが「1,299ドルから」と安くはなかったが、今のスマートフォン市場と同じように、高くても機能や技術の価値が伴う製品は売れる状況においてMacBook Airはヒットし、それによってノートPCそのものが進化したためだ。それ以前のPCが時代遅れになり、安いだけでは競争できなくなった。
今回のiPhoneの発表で、Appleは2つのスマートフォン不況対策を講じた。1つは、価格の据え置き。米国ではiPhone 14が「799ドルから」、iPhone 14 Proが「999ドル」からと、昨年のiPhone 13/13 Proと同じ価格に設定した。機能強化、インフレ、サプライチェーンの混乱によるコスト上昇などを含めると、今回の価格据え置きは実質的な値下げといえる。米国では多くのアナリストが「価格が最大のサプライズ」と指摘しており、それは30〜40%のマージンを保ち続けていたAppleだからできたことといえる。
そして無印モデルとProモデルの差別化を進めた。最新のA16チップ搭載はProモデルのみで、iPhone 14は昨年のProモデルと同じA15(5コアGPU)。Proはリフレッシュレート最大120HzのProMotionに対応、新通知UIの「ダイナミックアイランド」を使える。Proモデルの魅力を高めるのは、プレミアム帯が堅調な現状に応じた"機を見るに敏"な変更といえる。
しかし、全てが順調というわけではない。米国では価格据え置きだが、日本ではiPhone 14が「119,800円(税込)から」(iPhone 13の発表時の価格は「9万8800円から」)。Appleも急速に進んだドル高の影響までは吸収できず、米国と中国以外では値上げになった。
そして次世代のスマートフォンを巡る競争だ。2010年のノートPC市場がそうであったように、不況期には大きな変化を起こせるチャンスがあり、当時のMacBook Airのような進化をもたらすスマートフォンが普及する可能性がある。それをAppleが実現できるのか。Samsungなどが先行している折りたたみデバイスに消費者の注目が移る可能性を指摘するアナリストも多い。