iOSの「iOS 13.6」アップデートで「News」アプリ(日本では未提供)に音声コンテンツを扱う機能が追加された。同時にオーディオ版のコンテンツを提供し始めたが、それに惹かれた人は多くないようで、今のところ米国でもあまり話題になっていない。私もiOSアップデートのリリースノートを読んだ時点で、この新機能を使い続けるような気がしなかった。だが、しかし……だ。実際に使ってみたら、初めてAmazonのKindleを使った時を思い出すような新しい雑誌の体験がそこにはあった。
オーディオコンテンツがどのようなものかというと、1つはApple Newsの編集チームが選んだニュースや記事を紹介する「Apple News Today」というポッドキャスト番組。これはNewsだけではなく、Podcastアプリでも聴取できる。もう1つはオーディオストーリー。雑誌・新聞の有料サブスクリプションサービス「News+」で、同サービスにコンテンツを提供する媒体の記事から週に約20本を音声バージョンで提供する。
オーディオストーリーのナレーションはボイスアクターが行っているので、自然で分かりやすい。記事をただ読んでもらうだけなら、モバイルやPCのOSの読み上げ機能でも十分対応してくれる。近年の読み上げ機能の進化が目覚ましく、数年前に比べたら本当にナチュラルに読み上げてくれる。それでも、同じ記事を読むプロのボイスアクターと比べたら比較にならない。自然になってきたとはいえ、読み上げ機能は1つの記事で数カ所は不自然なところが出てきて、その度に機械が何を読んだのか考えさせられる。記事を聴く流れが、その度に途切れてしまう。ボイスアクターが読む記事にそんな不自然なところは一つもなく、言葉が頭の中にすっと入ってきて記事の内容のイメージが広がる。
素晴らしいナレーションに加えて、オーディオストーリーは通常の記事(テキストと図版)との行き来が可能だ。オーディオストーリーで読み始めた記事で「Read Story」を選ぶと通常の記事に切り替わり、ナレーション中だったところから表示される。逆に、通常の記事から「Listen」ボタンでオーディオストーリーを開始することもできる。
雑誌の記事なんて1本を数分で読めるからオーディオ版は不要と思うかもしれない。飛ばし読みしたら、それも可能だろう。だが、特集クラスの雑誌記事をきちんと読むのは時間がかかる。オーディオストーリーで10分以下は全体の2割程度。最も多いのは20~30分、次いで同じぐらいに10~20分の記事が多い。私が気づいた範囲で最長は、Sports IllustratedのTom Verducci氏がベースボール愛と今年の中断について書いた13回シリーズのコラムで1時間54分だった。そんな時間をかけて雑誌記事を読むかというと、まとまった長い時間があったらゲームもやりたいし、ウォッチリストに入れておいた映画やドラマも観たい。雑誌記事に費やす時間は限られるというジレンマである。でも、オーディオストーリーなら通勤中や料理をしながらでも聴ける。手が空いたら、途中から通常の記事に切り換えて読み続けられる。
テキストを音声で伝えるのは、これまで障害を持つ人達をサポートするための機能という面が強かった。しかし、アクセシビリティは広く利用できること、広義には使いやすいことを含む言葉である。書籍や雑誌に対しては"読むもの"という意識が根強いが、読むこと自体が目的ではなく、知識を得たり、ストーリーに触れるためのものである。
だから、ながら消費で利用しやすいオーディオブックを選ぶ人が増えている。私もその1人だ。米国のAmazonでは電子書籍のKindleとオーディオブックのAudibleがWhispersyncで同期する。Kindleブックで読んでいる本の続きをAudibleで聴き進められるのだ。その方法だと、時間を効率的に使えて読書がはかどる。ただ、残念なのは、同じ本をKindleブックとAudibleの両方で購入しなければならないこと。セット割引き価格でも1.5冊分ぐらいになり、どんな本でもセットで買うというわけにはいかない。電子書籍で買うか、車の中などでも聴けるオーディオブックで買うかは悩むところで、電子書籍で購入し、読書の時間を取れない時には買った本をデバイスの読み上げ機能を使って聴くことがよくある。それでもけっこう満足できるのだけど、聞きやすさを比べたらオーディオブックには適わない。だから、Kindle+Audibleがもう少し利用しやすくなって欲しいと思う。オーディオブックはプロがナレーションし、オーディオブックとしてしっかりと作り込まれているので単体の価値があるのは分かる。だが、電子書籍とオーディオブックの両方で効率的に読み進められる方法で人々が本に触れる時間が増える価値もまた大きいと思う。
AppleのNews+のアップデートの肝は、オーディオコンテンツを扱えるようにしたことだけではなく、従来のNewsとオーディオストーリーの間の継続性を実現し、両方でコンテンツを消費しやすくしているところである。iPhoneやiPadだけではなく、AirPodsやHomePod、CarPlayと組み合わせて、通勤中や運転中、料理中や掃除中など様々な状況で同じ記事に継続的にアクセスできる。読了に30分以上かかるような記事でも粘り強く読み続けられる。
今年の3月には、AndroidのGoogleアシスタントがWebサイトの読み上げに対応した。「OK Google, read it」というだけで、開いているWebページの読み上げが始まる。これもうまく利用すると便利な機能である。接続性に優れたワイヤレスヘッドホンやスマートスピーカー、スマートTVが普及した今、読むものとしてだけ記事やニュースを提供していたらリーチできる読者の可能性を狭めることになる。読めるコンテンツはオーディオコンテンツにもなるのだ。