ここ数カ月、まったく現金を使っていなかった。新型コロナウイルスの感染が拡大してから、スタバに行く人についでに自分の分も頼んで現金を渡そうとすると現金ならいらないと言われる。現金の受け取りを拒否する店もあるし、こちらも安全を優先してモバイルペイメントかクレジットカードで支払っていた。先週、どうしても1ドル札が必要になって、20ドルを崩すために久しぶりに現金で払おうとした。そうしたら違う理由で現金を使えなかった。「硬貨不足」でおつりを出せないという。

新型コロナ禍の真っ只中にある米流通産業において、硬貨不足が新たな問題になっている。使えないわけではないが、小規模なビジネスだけではなく、Walmartのような大手スーパーでも現金以外の方法で払うか、現金ならおつりが出ないように協力を求められる。ウチの近くのWalmartは協力要請のみだが、中にはセルフレジの支払いがカードのみに制限されていたり、硬貨のおつり分を1ドル札に切り上げて返す店舗もあるそうだ。グローサリーチェーンのKrogerは現金を受け取るけど、おつりを硬貨で返さず、ロイヤリティカードに加算する。スーパーマーケットチェーンのH-E-Bは顧客がおつりを地域のフードバンクまたは他の非営利団体に寄付できるプログラムを用意し、硬貨の使用を抑えている。

硬貨が不足している理由の1つは、新型コロナで3〜5月にステイホームが要請された期間に米造幣局が硬貨の鋳造を停止したためだ。しかし、供給減の影響はわずかで、硬貨の流通量が不足しているわけではない。大きな原因は流通の鈍化である。人々が現金を使わなくなって硬貨や紙幣が貯金箱に入れられたままになり、一方で一時的に現金の受け取りを断るビジネスも出てきて、現金通貨が循環しなくなった。そこに6月からのビジネス再開で現金需要が急に高まり、現金通貨を必要とするビジネスが一斉に硬貨の確保に走ったことで、一時のトイレットペーパー不足のような状況に陥っている。

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    新型コロナウイルスの影響で現金に触れるのを避ける人が増加、硬貨や紙幣を使わずにため込まれているのが硬貨不足の原因

造幣局は6月から通常計画より硬貨の製造量を引き上げて供給しているが、流通量が大きく不足しているわけではないので過剰な引き上げはできない。解決策は、家庭にためこまれたままの硬貨を使ってもらう、または処分してもらうこと。銀行が硬貨を必要としている地域の店と提携して、硬貨を貯金した人に抽選でクーポンやストアカードをプレゼントしたり、中には口座所有者に対して硬貨の貯金に数パーセントを上乗せする銀行もある。

こうした状況に、現金廃止へと一気に舵を切るべきと唱える声も上がっている。だが、今は現金が嫌われても、例えば大規模停電になるような災害時には現金が頼りになる。それ以上に完全キャッシュレスを困難にしているのがアンバンクト(unbanked)およびアンダーバンクト(underbanked)と呼ばれる層の存在だ。FDICのデータによると、貧富の格差が大きい米国では銀行口座を持っていなかったり、金融サービスを受けられない家庭が26.9%、全体の1/4を超える。現金よりもクレジットカードが好まれるクレジットカード社会でありながら、米国のクレジットカードを所有している人の割合は日本よりもずっと低い。そうした人達は日々の生活に現金を頼りにしており、銀行が軽視するアンダーバンクト層を救うフィンテックスタートアップが登場しているものの、現状の米国で完全キャッシュレス化は不可能に近い。ここ数年でキャッシュレスが成長した一方で、ニューヨーク市やサンフランシスコ市、フィラデルフィアなどでは、小売店や飲食店が現金による支払いを拒否することを禁じる法律が制定されている。

今後しばらくは硬貨不足が続き、キャッシュを使わなくなった人達に手持ちの硬貨を処分してもらって、その上で現金を必要とする人達とビジネスに十分な現金通貨の流通をコントロールしていくことになりそうだ。新型コロナ禍で現金を全く使わない層がさらに拡大し、キャッシュを日常的に使う層は限られ、コインラインドリーのような硬貨に頼ってきたビジネスは今後キャッシュレス層への対応が欠かせなくなる。

現金の利用減少が加速することで可能性が高まっているのが1セント硬貨(約1.05円)の廃止である。銅メッキの1セント硬貨は製造に1.99セントかかる。製造コストが通貨の価値を上回っており、1セントの製造をやめると米造幣局は10年で2億5000万ドルほどを節約できる。5セントも製造費用が7.62セントと通貨価値を上回っているが、1セントは通貨の価値が非常に低い。経済学者Robert Whaplesによると、一般的な米国人が1セントを稼ぐのにかかる時間は約2秒。街中で1セントを落としてしまっても探す価値がないから、1セントだけは雑踏の中でよく放置されている。

US通貨の最低単位が5セントになった場合、端数が出る消費税の処理でひと悶着が予想されるが、それ以上に1セントを残すデメリットの方が大きくなっている。米国で前回に硬貨が廃止されたのは1857年の0.5セント硬貨(1793〜1857年)だった。現在の価値にすると約14セントであり、現金の流通をよりシンプルにしてキャッシュレスとメリットを共存させていくには、少なくとも1セントは引退してもらうべき時期である。