普通のテレビはどこ行った……。

昨年末に買い物に出かけた時に、Targetの家電セクションを子どもとぶらぶら見て回ったらテレビ売り場がスマートテレビで埋めつくされていた。量販スーパーには、価格が手頃な普通のテレビが並んでいると思っていたから意外だった。ウチみたいに、Apple TVとかNVIDIA Shieldを使っている家庭も多いだろうから普通のテレビの需要があると思うのだが、新製品はほとんどスマートテレビである。スマートテレビプラットフォーム統合にいくらか払うのはもったいないなぁと思いながら、よく確認するとスマートテレビなのに"安い"。それならスマートテレビでいいかぁ…と思ってしまった。

スマートテレビが安いのにはからくりがある。店のスタッフに聞くと、高機能なスマートテレビが高かったのは統合製品が出始めてからしばらくの間だけで、普及帯に拡がってからは価格差は無くなった。それどころか、今はスマートテレビだからテレビの価格を抑えられる。だから、低価格競争を展開するメーカーはスマートテレビを推しているという。

少し前に、CESでThe VergeのNilay Patel氏がテレビメーカーVizioのBill Baxter氏に話を聞いた「Taking the smarts out of smart TVs would make them more expensive」というインタビューがポッドキャスト「Vergecast」で公開されて話題になった。

Patel氏が両親のために購入したVizioのPシリーズのテレビが、何もストリーミングしていない状態で他のデバイスの10倍の頻度でオンラインにアクセスしていることに気づいた。そのふるまいに関する質問の中で、Baxter氏がユーザーのコンテンツ視聴を分析したデータを販売していることを認めた。スマートテレビが視聴データを収集・分析しているのはすでによく知られているので驚くようなことではないが、その理由が物議を醸した。

「それはデータ収集ではありません。テレビの購買後マネタイゼーション (post-purchase monetization)です。テレビの利ざやはわずか6%、情け容赦ない産業でしょう? とても無慈悲です。自ら招いた困難と思うかもしれませんが、優れた戦略とも見られます。必要なコストを、TVから直接もうけずにカバーします」

薄利多売の厳しい産業において、価格競争で有利に立つためにデータをマネタイズしている。「データ収集ではない」と言い切る理由は、 「こっちから少しもうけて、むこうからも少しもうける。映画を売ったり、テレビ番組を販売したり、広告を配置したり、The VergeのWebサイトと何も変わらないでしょう」とBaxter氏は指摘した。

痛いところを突かれたPatel氏だが、それでも食い下がって、「“dumb” TV (シンプルなTV)で充分」という意見がThe VergeのコメントやTwitterに寄せられていると反論した。調べてみると、「Do any manufacturers make “dumb” TVs any more? I don’t need smart features that end up getting in the way! (テレビメーカーはシンプルなテレビをもう作らないのか? 不要なスマート機能なんて邪魔なだけ)」というRedditも立っている。それに対して、Baxter氏は「より安く」を求める声の大きさに比べたら、そうした要望には応えられないと断言した。

  • AirPlay 2対応のスマートテレビの登場で、iPhoneなどのユーザーがApple TVを使わずに、iTunes StoreやApple Musicのコンテンツをテレビで楽しめる

    AirPlay 2対応のスマートテレビの登場で、iPhoneなどのユーザーがApple TVを使わずに、iTunes StoreやApple Musicのコンテンツをテレビで楽しめる

CESでソニー、Samsung、LG、Visioなどが、Appleの「AirPlay 2」のサポートを発表した。Apple TVを別に用意しなくても、iPhone、iPadやMacのユーザーが、iTunesストアのビデオコンテンツを含むビデオ、写真、Apple Musicなどの音楽のストリーミング、Appleデバイスの画面のミラーリングなどをTVで行えるようになる。Appleはこれまで「アプリがテレビの未来」として、App Storeを利用できるApple TVでテレビを攻略してきたが、テレビメーカーとの提携という大きな戦略転換に踏み切った。

その背景には、Apple TVを購入してもらいにくいという現状がある。米国で販売されているテレビの多くには、Android、Tizen、Roku、webOSなどが組み込まれており、わざわざApple TVを購入しなくても、それらでNetflixやAmazonなどを利用できる。しかも、価格はシンプルのテレビと変わらないから、iPhoneやiPad、Macのユーザーであってもそれらを選ぶ人達が多い。

Appleにしてみたら、Apple TVが伸びず、テレビ画面に浸透できないからテレビ向けのサービスが伸びないマイナス循環である。同社が今年、サブスクリプション型のビデオコンテンツ配信サービスを開始するという噂が飛び交っているが、マイナス循環のままでは立ち上げに不安が残る。サービスの成長を重視するなら、スマートテレビメーカーとの提携はマイナス循環を断ち切る一手になる。

Appleを動かすぐらい、今日の米テレビ市場には購買後マネタイゼーションが効いている。ただ、スマートテレビだから安いという現状には、広告ベースの無料オンラインサービスが台頭した時のような危うさも否めない。今コンテンツのサブスクリプションが注目されているのは、「パーソナライズ+サブスクリプション」が「パーソナライズ+広告」以上の市場に成長する可能性を秘めているからだ。それゆえにコンテンツ視聴のデータの価値は重い。それをどう判断するかは個人の考えになるが、私はAppleのサービスを使いたいというより、テレビメーカーの行き過ぎた低価格競争の歪みが出るんじゃないかという不安で、今もApple TVから各種サービスを使っている。