「ウチの近所にコワーキングスペースのWeWorkができる!」と喜んだのが数年前。ところが、オープンする前にFacebookが全部借りてしまった。新しいオフィスビルができるまで使用するらしい。WeWorkは単なるオフィススペースレンタルではない。利用者同士の情報交換や協働を売りにしている。だから、「メンバー向けサービス優先じゃないの?」という反応が相次いだ。だが、商業スペース事業として見たら、WeWorkはオフィススペースを長期リースし、それらをコワーキングスペースに整えて提供することで利ざやを得ている。利益確保を優先するならFacebook一社に貸した方が確実だ。とはいえ、そんなWeWorkの判断にコワーキングスペース市場の競争激化、景気減速懸念の影響が感じられる。

借りたスペースに新たな価値とサービスを付加して高く貸すビジネスモデルは、賃貸料が上がっていく好況時にはマージンを得やすい。だが、景気が減速すると事業拡大のリスクが高まる。経済が着実に成長し、特にシェアリングモデルが目覚ましく伸びた過去10年にWeWorkのようなモデルは順風満帆だったが、ここに来て陰りが見え始めている。景気減速時のリスク懸念を払拭できるか、これからWeWorkの真の持続性が試されることになる。一方で、コワーキングスペースに対するユーザー需要は依然として強い。むしろ景気後退の兆しが見え始めたからこそ、さらに高まっているとも言える。そうした需要に応えるコワーキングスペースが新たなチャンスをつかもうとしている。

例えば、SpaciousやKettleSpaceといったレストランやカフェ、バーなどと契約したコワーキングスペースだ。レストランやカフェといっても、Starbucksで仕事するデジタルノマドのように営業中の店内を使用するのではない。夕方からの営業のみの店で、朝と日中の使用されていない時間帯を使う。午前8時ぐらいから午後5時ぐらいに限られるが、ニューヨークやサンフランシスコのインテリアにこだわった店を仕事場にできる。イスとテーブル、インターネット回線と電源、飲み物とスナックが揃っていて、ある程度の広さがあって快適に仕事ができる店と契約しており、ゲストを招いてミーティングに使うことも可能だ。単なる「テーブル貸し」ではなく、メンバーの懇親会、ベンチャーキャピタリストや成功を収めた起業家などを招いたイベントなど、コミュニティサービスも充実している。

  • 夜に営業を開始するレストランバーを利用するSpaciousメンバー

店側にしてみたら、コワーキングオペレーターにサービス管理を任せて、店の空いている時間帯を有効活用できる。仕事を終えたコワーキングスペースの利用者がそのまま残って店の客になることもあるそうだ。利用者にとっては、営業中のカフェで働くのに比べたらはるかに集中できる環境で、コストはWeWorkのようなサービスの2/3程度に抑えられる。WeWorkのようなビジネスモデルは、スペースへの投資がある分、コワーキングスペースの利用者が多い都市に展開が限られるが、レストランやバーと契約するモデルならもっと幅広い都市にサービスを広げやすい。

そしてもう一つ、新たにコワーキングスペース市場に食い込み始めているのがホテルだ。以前からホテルのロビーは商談のスペースとして用いられてきたが、宿泊客のためだけではなく地元の人達も対象に、オフピークの時間帯を誰でも使えるコワーキングスペースとして開放する。ホテルによって内容は異なるが、これまでのホテルによくあったビジネスセンター風ではなく、リラックスできるソファやクッションを置いたソーシャルセンターと呼べるような雰囲気である。

例えば、Marriott系列の「Moxy」はミレニアルズ世代をターゲットにしたブランドで、いち早くコワーキングスペースを取り入れた。フロントデスクも兼ねたバーの周りに、たくさんのテーブルやソファを配置し、宿泊客はホテルの部屋よりも開放的な雰囲気の中で仕事に取り組める。

  • リラックスした雰囲気のコワーキングスペースを提供するMoxyホテル

ホテルがコワーキングスペースを提供する狙いは、デジタル世代/ソーシャル世代のニーズに応えるホスピタリティであること。ホテルで仕事というと、作家に喩えたらこれまでは「ホテルに缶詰」のイメージだったが、それより「温泉宿で執筆」に近い。コワーキングスペースは仕事で訪れた宿泊客と地元の人々を結ぶ場になる。WeWorkなどもそうであるように、リラックスした雰囲気から、同じ場所にいる人同士で自然と会話が広がり、新しいつながりやアイディアが生まれる。そうしたネットワークが、ホテルにとっては従来のホテルの顧客名簿に代わるものになる。

中にはニューヨークにある「The Assemblage」のように、広大で本格的なコワーキングスペースを用意し、有料サービスとして地元の人達に提供しているホテルもある。ワシントンDCにある「Eaton Workshop」は、ちょっと変わったホテルで「社会改革 (social change)」のミッションを共有する場となっている。と説明しても、なんのことだか分からないと思うので、Webサイトを覗いてみて欲しい。反体制メディア、アーティスト、非営利活動家などが集まる場としてデザインされており、TEDカンファレンスのような講演イベントも行われる。

作業できるテーブルとネット回線を用意していたホテルはこれまでにも存在したが、そこに集まる人達の体験をデザインするという点で、従来のホテルのビジネスセンターとコワーキングスペースは異なる。Eaton Workshopは極端な例だが、コワーキングスペースのデザインを通じてホテルの独自性やブランドを強くアピールできる。デジタル世代/ソーシャル世代がコワーキングスペースに集まる理由を提供できれば、このモデルはレストランやホテル以外にも有効なはずだ。