7月10日に、Twitterのタイムラインに「第1日目のアプリ」とか、「初めてのダウンロード」という画像付きのツィートが次々に流れてきた。その日、iPhone向けのアプリストアとして2008年にオープンしたAppleのApp Storeが10周年を迎えたからだ。
App Storeで初めてダウンロードまたは購入したアプリは、App Storeアプリでアカウントから「Purchased」を選び、下までスクロールすると確認できる。ちなみに私の初日のダウンロードは「Baseball」「Google」「Remote」「Enigmo」だった。「Enigmo、あったなぁ〜」と思ったが、Baseballというのがどんなアプリだったか、さっぱり思い出せない。64ビット化されなかったらしく、すでにApp Storeから削除されていて今となっては調べることもできないし、Google先生に尋ねても分からない。
10年前のiPhone向けアプリについて、The IconfactoryのリードエンジニアであるCraig Hockenberry氏の「A Tribute to iBeer」というブログ記事が話題になった。11年前にiPhoneの衝撃を受けた開発者たちは、AIMも、NetNewsWireも、Solitaireも、そしてIconfactoryのTwitterrificも、モバイルの可能性を先取りしようとした。でも、今ふり返ると、生み出されたアプリはいずれもレトロスペクトなものばかり、言い換えるとPC向けソフトをiPhoneで実現しようとしていただけだった。先見の明があったアプリは何だったかと思い返してみると、当時おばかアプリと笑われた「iBeer」が最もスマートフォンの可能性をアプリに落とし込んでいた……としている。
iBeerは、画面に映るなみなみと注がれた生ビールをiPhoneを傾けて飲み干す。ただ、それだけのアプリだ。しかし、それを当時のiPhoneのセンサー類を全て活用して実現した。「ビール!」といったら音声認識でアプリが反応して自動的にビールが注がれ、加速度センサーによってユーザーがiPhoneを傾けたらビールがこぼれそうになり、振ったら泡だらけになる。近接センサーが飲もうとしていることを認識し、傾きの計測でユーザーがちょっとだけ口をつけているのか、グっといこうとしているのか見極め、それに合わせてビールの減りが調整される。ビールのゆらめきや減り方はとてもリアルで、確かにiPhoneのテクノロジーデモと呼びたくなるようなアプリである。でも、おばかアプリなのだ。
自分のiPhoneのダウンロード履歴を見返して思ったのだが、App Storeがオープンした時にAIMやTwitterrific、NetNewsWireなどが人気アプリになったけど、私はEnigmoやLabyrinth、Okarinaなどもインストールしていた。Labyrinthというのは、iPhoneを平らに持って傾けながら、鉄球を落とさないように迷路をクリアさせるゲームである。Okarinaは、マイクに息を吹き替えて音を出し、画面に表示される音孔をタッチして音の高さを変えながら演奏するバーチャル・オカリナだ。たしか、ネット経由で演奏を共有する機能もあったと思う。
Hockenberry氏がPCソフトからの開発者だから、そう思ったのかもしれないが、PCソフトをモバイルに持ち込もうとしたアプリばかりではなかった。iPhoneの特徴を活かしたアプリもたくさん出てきて、当時はむしろそうしたアプリの方が話題になりやすかった記憶がある。だから、iBeerのようなiPhoneの機能を活かした一発ギャグのようなアプリによって、おばかアプリが大きなカテゴリに成長した。
逆に当時、私が先見性に気づかなかったのは、今では当たり前のアプリで使うネットサービスだ。FacebookやYelpなど、ネイティブアプリのパフォーマンスと操作性で、Webの情報を扱うアプリがすでに存在したけど、3Gでは遅すぎて使いにくく、モバイル端末でリッチなネットサービスは厳しいと感じていた。でも、その印象は2012年のLTE対応で一変することになる。
さて、今年のWWDCでAppleは開発者がiOSアプリをMacに移植しやすくする取り組みのスニークピークを行った。まずは今年は秋に登場するmacOS Mojaveに搭載されるApple製の新アプリで試し、来年にサードパーティの開発者に開放する。
コードに簡単な変更を加えるだけでMacにも顧客を広げられるなら、たくさんのiOSアプリ開発者が対応しそうである。iPadのヘビーユーザーである私は、Macでも使いたいと思うiOSアプリがけっこうあるから大歓迎だ。
しかし、10周年で当時のApp Storeのことを思い出して、それが正解なのか疑問に思うようになってきた。iOSアプリをキーボード、マウスやトラックパッドに最適化させても、それだけでは10年前のiPhone向けTwitterrificと同じではないだろうか。ユーザーも、開発者も、iBeerやOkarinaのようなアプリでわくわくしたい。それにはMacが、当時のiPhoneのような魅力あるデバイスになることが、Mac向けのソフトの開発を活性化させる最善策になる。
もちろん私が期待しているのは、私のネガティブな捉え方をAppleが超えてくれることだ。iOSアプリの移植が、「ポストPC時代のMac」が「モバイル時代のMac」に進化する布石なのだと期待したい。