宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2018年8月26日、新型の固体ロケット・ブースター「SRB-3」の地上燃焼試験を実施した。SRB-3は、開発中の大型ロケット「H3」のブースターや、改良型の「イプシロン」ロケットの第1段に使われる予定で、今回の試験を経て、さらに設計を煮詰め、あと2回の燃焼試験を実施。2020年度の初打ち上げを目指して開発が続く。
第1回では固体ロケットの概要と、日本のロケットが固体ブースターとして採用し続けている理由について、続く第2回ではSRB-3の概要や、先代となるSRB-Aからの改良点などについて解説。さらに第3回では今回の燃焼試験の目的と、風向きのため延期された25日の様子について紹介。そして第4回では26日に実施された燃焼試験の様子、周囲の雰囲気、その結果などについてお伝えした。
第5回目となる今回は、今後のSRB-3の開発と、H3やシナジー・イプシロンについて解説しよう。
今後のSRB-3とH3ロケット
初の燃焼試験を無事に終えたSRB-3だが、もちろんこれで開発が終わりというわけではなく、むしろ完成に向けて、さらに開発や試験が続いていく。今回の燃焼試験の結果はまだ解析中だが、その結果から現時点での設計の妥当性を評価。良いところはそのまま、修正が必要なところは修正し、SRB-3を完成へともっていく。
来年度には、今回の燃焼試験に続く、2回目、3回目の試験となる「認定型モーター燃焼試験」の実施が予定されてる。認定型モーターというのは、実際に打ち上げに使われるものと同等の仕様のモーターのことで、この2回の試験をもって、本当に打ち上げに使えるモーターに仕上がっているかどうかを評価する。
このほか、今年度の末ごろには、実物大のモーターを使った分離試験を実施。本連載の第2回で触れた新しい結合・分離機構が設計どおり動くかどうかの確認を行う。またモーターの構造についても、すでに要素試験を完了を終え、詳細設計審査を経て実機大モデルを試作し、強度試験を実施している最中だという。
これらの試験を進めたのち、2019年度(~2020年3月)までにPQR(開発完了審査)を行う予定で、そこで認定が得られれば設計を固める。これをもってSRB-3としては「開発完了」となる。
一方H3としては、2020年度に試験機を使った総合試験(GTV)を実施。その後、同年度中に初打ち上げに挑む。
なお、H3の1号機がSRB-3を装着した構成になるのか、装着しない構成になるのかはまだ決まっていないとのことだが、SRB-3の開発自体は、1号機はもちろん、GTVにも間に合うように進めるという。
シナジー・イプシロン
ところで、SRB-3はH3のブースターとしてだけではなく、小型固体ロケット「イプシロン」の第1段としても使用される。
現在のイプシロンは、H-IIA、H-IIBロケットの固体ロケット・ブースター「SRB-A」を改修したものを第1段にしているが、H-IIAとH-IIBが引退すれば、SRB-Aも引退することになるため、イプシロンの第1段にSRB-3を使うための開発が始まっている。
このSRB-3を使うイプシロンのことは、「シナジー・イプシロン」と呼ばれている。シナジー(相乗効果)という言葉からもわかるように、その第1段は、H3のSRB-3とできる限り共通化されており、ほとんど同じモーターを両方のロケットに、フレキシブルに使えるようにすることで、大量生産や運用の効率化によるコストダウンなどが図られる。たとえば製造途中に、H3のブースターからイプシロンの第1段へ用途が変わったとしても、転用可能だという。
逆に違うところといえば、ノズルのジンバル機構(可動機構、首振り機構)である。この機構は、ノズルを動かすことで噴射の向きを変え、それによりロケットの飛行方向や姿勢を制御する。
SRB-Aはジンバル機構が標準で装備されており、H-IIAとH-IIBはそのジンバルと、メイン・エンジンの両方を使って姿勢制御を行っている。
しかし、第1段のメイン・エンジンが1基だったH-IIAとは違い、H3は2基、もしくは3基になるため、それぞれメイン・エンジンのジンバルを同じ方向、あるいは互い違いに動かすことで、ブースターを使わなくても姿勢制御ができる。そこでSRB-3からはジンバル機構が取り除かれることになった。これにより構造の簡素化、打ち上げコストの低減が図られている。
一方、イプシロンにとってはSRB-3こそがメイン・エンジンとなるため、イプシロンに使う場合のみ、SRB-3にジンバル機構が取り付けられる。ただ、前述のように部品などはできる限り共通化されているため、モーター・ケースや推進薬、燃焼パターンといった、ノズルの固定・可動にかかわらない部分は同じである。
ちなみに、イプシロンに使う際のジンバル機構についてはまだ開発途中とのこと。SRB-Aと同じく、ノズルを動かすために電動アクチュエーターを使う点は変わらないものの、電源も同じ熱電池を踏襲するのか、それとも新たに蓄電池を使うのかで検討しているという。
熱電池というのは、電池の中にある電気を生み出す正極と負極との間に、常温で固体、かつ非導電性であるものの、溶けると導電性を示す特殊な物質を入れた電池のこと。普段は非電導性なので電気が生まれないが、使用時には内蔵した発熱体を燃焼させ、その熱によってこの物質を溶かすことで、電気を生み出せるようにする。一般的な電池と同じく一度切りしか使えないが、高出力が取り出せるうえ、寒くても暑くても使用可能。さらに振動や衝撃にも強いといった特徴があり、ロケットを始め、「必要なときに、絶対に必ず動く、高出力の電池」が求められる、特殊な用途で使われている。
一方の蓄電池(二次電池)とは、パソコンやスマートフォンのバッテリーなどでおなじみの、充電して繰り返し使える電池のこと。名村氏によると、「ここ最近の技術の進歩によって、蓄電池を使うという選択肢が生まれてきた」のだという。
最終的にどちらが選ばれるかはまだわからないが、もし蓄電池でも熱電池と同じ(あるいはそれ以上の)性能や信頼性を発揮できるという見込みが立てば、再充電できるという利点をもって、熱電池に引導を渡すことになるかもしれない。
H3は2020年度、シナジー・イプシロンは2020年代前半に打ち上げへ
シナジー・イプシロンはこの他にも、H3と電子機器の一部や、フェアリングの製造技術を共通化。またSRB-3には、強化型イプシロンの開発で生み出された新技術が使われるなどし、まさにお互いがお互いを高め合うシナジー効果によって、H3もイプシロンも、コスト低減などを実現することが計画されている。
こうした開発方針により、H3はブースターを使わない最小構成の機体で、機体価格50億円を目指すとともに、ブースターを装着した他の構成でも、H-IIAやH-IIBの同等の性能の構成と比べ、約半額を目指すとしている。
またシナジー・イプシロンについては、1機あたりの価格は30億円以下が達成できるとし、さらに現行の強化型イプシロンの開発でもたらされた成果なども加え、小型衛星打ち上げ市場における国際競争力が強化できるとしている。
シナジー・イプシロンの初打ち上げは2020年代前半の予定で、現行の強化型イプシロンの打ち上げから途切れることなく移行することが考えられている。
H3と、そしてシナジー・イプシロンの開発にとって大きな一歩となった、今回のSRB-3の燃焼試験。これからも各々が打ち上げを目指し、さらにさまざまな開発が続く。今後もその一挙手一投足を見つめ、H3とイプシロンがどのようなロケットに育っていくのか、深く詳しく探っていきたい。
最後になりましたが、取材中、大変お世話になった、ネコビデオ・ビジュアル・ソリューションズ(NVS)の皆さん、柴田孔明さん、東京とびもの学会の皆さん、そしてJAXAや関連企業の関係者の方々、種子島でお会いした現地の方や見学などでいらした方に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
参考
・概要|SRB-3 | エンジン | JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター
・JAXA | H3ロケット用固体ロケットブースタ(SRB-3)実機型モータ地上燃焼試験の結果について
・リチウムアルミニウム合金系熱電池のエージング性能
・イプシロンロケット H3ロケットとのシナジー対応開発の検討状況(平成29(2017)年7月4日 宇宙航空研究開発機構)
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
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Twitter: @Kosmograd_Info