宇宙航空研究開発機構(JAXA)は5月21日、開発中の新型固体ロケット「イプシロン」の初号機を今年8月22日に打ち上げると発表、都内で記者ブリーフィングを開催し、開発状況や準備状況について説明した。射場は内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝付町)で、ここでの衛星打ち上げはM-Vロケット7号機以来、およそ7年ぶりとなる。
イプシロンの構成や特徴などについては、すでにコチラで詳しく述べた。概要については過去記事を参照してもらうとして、本記事はそのアップデートとしてお伝えしたい。
「アポロ方式」から「イプシロン方式」へ
イプシロンは、小惑星探査機「はやぶさ」などを打ち上げたM-Vロケットの後継として開発が進められている固体燃料ロケットである。M-Vの廃止により、日本のロケットは中型・大型衛星用のH-IIA/Bのみになっていたが、小型衛星用のイプシロンがラインアップに加わることで、小型から大型まで広くカバーできることになる。
M-Vに比べ、イプシロンの打ち上げ能力は3分の2程度になるものの、打ち上げコストは半分(38億円)に抑えることで、コストパフォーマンスを向上させる。今回打ち上げられるのはイプシロンの初号機(試験機)で、ペイロードである「惑星分光観測衛星(SPRINT-A)」を軌道に投入するほか、ロケットの機能や性能を実証するという役割も持つ。
「部品や材料の性能がどんどん良くなり、M-V時代に比べて、もっと小さな衛星でもっと大きな成果が得られるようになった。小さくても、いろんなことができて、夢はどんどん広がる。そういうユーザーの要望にバッチリ応えられるのがイプシロン」と、森田泰弘・イプシロンロケットプロジェクトマネージャは説明する。
イプシロンは、H-IIA/Bの固体ロケットブースタ(SRB-A)とM-Vの上段を活用することで、低コスト化と高性能化を両立したが、機体構成以上に注目すべきは、ロケットの知能化による「モバイル管制」と「自律点検」の実現だ。設備や運用も含め、システム全体をコンパクトでシンプルにすることで、射場での作業期間を6分の1(7日間)に短縮する。
イプシロンで目指すのは、「宇宙への敷居を下げて、宇宙利用の裾野を広げる」(森田プロマネ)ことだ。そのためには、安くて高頻度に打ち上げられる、使いやすいロケットが必要。モバイル管制と自律点検は、そのための第一歩となる技術であり、「未来のロケットでは絶対に必要になる」(同)という。
森田プロマネは、「我々はロケットの打ち上げを、旧来の『アポロ方式』から、少人数・短期間の『イプシロン方式』に転換しようとしている」と話す。これは固体ロケットに限った話ではなく、イプシロンで先行的に実証した後は、液体ロケットのH-IIA/Bに適用することも考えられる。
ただし、初号機に関しては、試験用の機器や手順もあるために、打ち上げコストは53億円に増えており、射場での作業期間は39日間となる予定。M-Vの時代に2,000人日だった作業の工数は、イプシロンでは150人日まで削減される見込みだが、初号機のときはM-Vとそれほど変わらないとのことだ。
ロケットの開発はほぼ完了
イプシロンの開発状況については以下の通り。打ち上げまであと3カ月ということもあり、新規開発だった部分も含め、開発はほぼ完了。森田プロマネからは、順調に作業が進んでいることが紹介された。
固体推進系では、第2段のモーターケースの認定試験が残っているほかは、すべて開発は完了。M-Vの上段をベースに開発された第2段と第3段は、フルスケールの燃焼試験は実施しなかったものの、サブスケールでの燃焼試験が行われた。
液体推進系の開発も完了。初号機はオプションの第4段として「PBS」を搭載するが、これは液体推進ながら、射場での取り扱いが容易なのが特徴だ。PBSは1液式のエンジンで、燃料として有毒なヒドラジンを搭載。射場で充填するとなると大変だが、PBSはこれを工場で行って封印しており、イプシロンのシンプルさに悪影響が出ないようになっている。
構造系の開発も完了。SRB-Aは燃焼時に振動するため、制振機能が付いた衛星分離部を新規開発した。フェアリング系は、4月上旬に分離放擲試験を実施、良好な結果を得ることができた。フェアリングは、M-Vではコーンとシリンダを別々に作り、ボルトで留めていたため手間がかかっていたが、イプシロンでは一体化しており、信頼性も上がった。
アビオニクス系は、基本的にH-IIA用の機器やM-V用の技術を活用しているが、自律点検のための機器を新規開発した。各段に搭載した「ROSE-S」が各部のデータを集め、第2段のみに搭載される「ROSE-M」が状態を監視。また「MOC」は火工品回路を点検するための装置で、これは打ち上げ前に取り外し、繰り返し利用する。
打ち上げ関連施設の整備もほぼ完了している。モバイル管制の実現により、射場付近で管制する必要がなくなり、警戒区域外の宮原地区にイプシロン用の管制センターを新設した。射場とは光ケーブルのネットワークで接続されており、パソコン数台での管制が可能となっている。
目指すは「ガンプラ方式」のロケット
M-Vが基本的に科学衛星用のロケットだったのに対し、イプシロンでは商業打ち上げも積極的に狙っていく方針。といっても、当面はJAXAの衛星など、官需が中心にならざるを得ないが、民間からロケットを使ってもらうようにするために、カギとなるのはコストと信頼性だ。
信頼性については、1機1機打ち上げて実績を積むしかない。一方で、コストについては、さらなる対策が考えられている。初号機ベースのイプシロンの打ち上げコストは38億円になるが、「高性能低コスト版」(森田プロマネ)のイプシロンの研究開発も並行して進められており、数年後にはコストを30億円以下まで削減、価格競争力を上げる。
「ここからがイプシロンの本当の勝負」と森田プロマネは意気込む。官需のみでは、宇宙科学研究所の小型科学衛星(従来SPRINTシリーズと呼ばれていたもの)や経済産業省主導の「ASNARO」シリーズくらいしか期待できず、これだけでは毎年1機の打ち上げも難しい。ロケットを産業として維持するためには、民需を取り込むことが欠かせない。
前回の会見では、森田プロマネは"低コスト版"とだけ言っていたが、それにあえて"高性能"と追加したのは、低コスト化・軽量化によって、打ち上げ能力も向上するからだとか。2号機としては、2015年に「ジオスペース探査衛星(ERG)」を打ち上げることがすでに決まっているが、高性能低コスト版の機能の一部を実装するという。
イプシロンで「打ち上げシステムを革新する」と語る森田プロマネだが、これはゴールではなく、目指すのはさらに先だ。低コスト化を果たしたとは言え、ロケットはまだまだ高い。宇宙利用をもっと活発にするためには、この部分のさらなるコストダウンが重要になる。
森田プロマネが目標とするのは「"ガンプラ"のように簡単に組み立てられるロケット」だという。まるで冗談のようにも聞こえるが、次の段階では「製造プロセスの革新」が必要と見ており、これによりロケットがもっと安く簡単に作れるようになる。それが実現できて初めて、自動車と同じような普通の産業として成立するようになるのかもしれない。
「月刊宇宙開発」とは……筆者・大塚実が勝手に考えた架空の月刊誌。日本や海外の宇宙開発に関する話題を、月刊誌のような専門性の高い記事として伝えていきたいと考えているが、筆者の気分によっては週刊誌的な内容も混じるかもしれない。なお発行ペースについては、筆者もどうなるか知らないので気にしないでいただきたい。