今日の高周波数帯域オシロスコープの特徴
デジタル技術で実現されている今日のオシロスコープは、フルにアナログ技術で実現されていたオシロスコープとは大きく特性が異なります。さらにその傾向は、高速シリアル・インタフェースの測定が中核的なアプリケーションである高周波帯域のオシロスコープではより強まります。
オシロスコープの周波数帯域は、DCや1kHz程度の低周波信号に対して、3dB(約30%)振幅が低下する周波数(遮断周波数:Cut-off Frequency)で規定されています。良く設計されたアナログ・オシロスコープの周波数特性は、帯域内でなだらかに減衰し、統計で知られるガウス曲線に近い特性を持っています(図6-21)。
この特性は、パルス信号観測の際に、リンギングやオーバーシュートなどの波形ひずみを発生しないようにするためです。この特性では
- 振幅測定誤差を1.5%程度に抑えるためには被測定信号の5倍、3%で3倍の周波数帯域が必要となります
- 立上り時間Trは被測定信号の立上り時間Tsの自乗とオシロスコープの立上り時間Toの自乗との和の平方根となります。その結果、立上り時間測定の誤差を5%に抑えるためには被測定信号の立上り時間に対しオシロスコープの立上り時間が3倍以上、3%に抑えるためには4倍以上速い必要があります。
この特性は今日不都合な点が多くなりました。
- デジタル・オシロスコープは、A/Dコンバータによるサンプリングを伴うため、ナイキスト周波数以上の成分が信号に混入すると、エイリアシングとなって折り返し、測定誤差を引き起こす原因になります。そのため、エイリアシング抑制のためには通過周波数に対してサンプリング・レートが4倍(ナイキスト周波数が2倍以上)以上高い、あるいはナイキスト周波数以下に抑制されている必要があります(ガウス特性では遮断周波数以上の周波数も減衰しながらも通過し、理論上は無限の周波数まで通過させることになります)。
- ガウス特性(近似)はアナログ・アンプを多段結合させて(正確にはシングルポール・フィルタを多段結合)、最後に多少補正を掛けて実現されていました。今日のデジタル・オシロスコープではアナログ回路はプリアンプとA/Dコンバータ(正確にはトラック&ホールド回路まで)だけのため、アナログ回路の段数が少なくなく、この特性は実現できません。またデジタル化した後の信号処理でこの特性を実現するにしても、それだけ高い周波数帯域と高サンプリング・レートが必要になります。
- 高速シリアル・インタフェース信号の観測で、周波数特性に減衰特性を持つと、速い繰り返しパターンと遅い繰り返しパターン間で信号振幅に差が生じ、アイ・ダイアグラムやジッタ測定に影響します。そのため帯域内は平坦な特性が求められます。さらに位相遅れもジッタ測定に影響するため、ゼロである必要性があります。
以上の観点から今日の高帯域オシロスコープは、帯域内は平坦、一方、帯域を超えると急峻に減衰する特性を持っています。この特性をアナログ回路で実現するのは困難で、特に位相特性は不可能なため、デジタル・フィルタで補正するようにしています。そこで製造時に特性を評価し、理想特性とのずれを逆特性のフィルタで補正するようにしています(図6-23)。
この方法は多くのメリットを提供します。
- 平坦なゲイン、位相特性
- アナログ的にカットオフ周波数を超えての減衰特性が穏やかな場合、周波数帯域拡張を図れる
- 機器間およびチャネル間で均一な特性を実現できる
また帯域を超えてからの減衰特性は急峻です。その結果、
- ノイズを低減できる
- 被測定信号の高調波成分が帯域内にある限り、立上り時間の鈍り方は緩やかになり、高確度の立上り時間測定が可能。被測定信号の立上り時間に対し、オシロスコープの立上り時間が2倍程度速ければ2-3%の高確度の測定が可能
というメリットを提供できる反面
- 被測定信号に帯域を超える高調波成分が含まれる場合、それがカットされることにより、デジタル・フィルタで言うギブス現象(方形波の高調波:フーリエ級数を有限項で打ち切ると発生するエッジ前後のリンギング)が発生(図6-24)する
図6-24b 図6-24aでギブスが発生した信号の8GHz帯域での観測。以上のように周波数帯域が足らないと波形が鈍るだけでなく、ギブスが発生するのが最近のDSPを併用する高周波数帯域オシロスコープの特徴 |
さらにデジタル・フィルタを持つことにより、
- 周波数帯域を可変できる。つまり被測定信号に見合った周波数帯域を選択することで、ノイズを低減して、高確度の測定が可能になる(図6-25)
- アクセサリも含めてプローブの特性を補正できる(図6-26、図6-27)
- 前述の「アナログ的にカットオフ周波数を超えての減衰特性が穏やかな場合、周波数帯域拡張を図れる」という意味はプローブでも同様で周波数帯域拡張を図れる
- 評価基板の高周波損失を除去した測定が可能になる(De-Embed)
- 上記とは逆に疑似的に基板の高周波損失を加味した測定が可能になる(Embed)
- レシーバ・イコライザをシミュレートできる
ただし、デジタル・フィルタにより、
- 演算時間が必要なため、波形レコード長が長い場合、スループットに影響
- 信号がクリップした場合、本来波形にはないリンギングなどが発生
します。