突飛な発言と行動で常にメディアの注目を浴びるイーロン・マスク氏が最近発表した「AI半導体量産工場」の話題が各方面で取りざたされている。

電気自動車の世界的ブランド「Tesla」を立ち上げたマスク氏は、その後も精力的に新事業を立ち上げ、StarlinkやSpaceXなどの企業を束ね、米国にとっては戦略的意味合いを持つ企業グループに育て上げた。

そのマスク氏が、AI時代を迎えてさらに戦略的価値を増加させる半導体製造に乗り出すというニュースだ。

半導体一貫生産の「テラファブ」建設に乗り出すマスク氏

AI市場の急拡大によって明かになってきたのが、AI技術を支える半導体製造インフラの供給能力が、級数的に増大する需要に追い付かない現実である。その中でも、サプライチェーンの上流に位置する半導体製造キャパシティーは、ロジック/メモリーとも限界にきている。

最先端ロジック製造を一手に引き受けるTSMCは世界中に展開する製造拠点の増強に巨額の設備投資を続けているが、そのキャパシティーもあっという間に埋まってしまう。AI半導体の需要急増の現実を受けて、地上と宇宙にAI技術を自由に拡大したいマスク氏は、既存の製造パートナーとの協業は継続するものの、自らが半導体の一貫生産拠点を建設することで、自身のビジョン実現のために、他社に頼らず成長を継続する道を選んだようだ。

報道によると、プロジェクトは、300mmウェーハー換算で月産10万枚の製造能力を持つファブの建設を第一段階とし、将来的に月産100万枚の超巨大工場「テラファブ」の建設を目指すという。いかにも荒唐無稽な話に聞こえるが、2002年にマスク氏が打ち出したSpaceXの遠大な構想に対し我々が持った同じ反応は、IPOが目前となるSpaceXの現状を考えると、「ひょっとすると……」などという印象を持つ。

半導体ファブの総キャパシティーを、AI半導体が必要とする総電力「テラワット」で表現するのもいかにもマスク氏らしい。すでに自社半導体の開発を進めていて、実際にSamsungとの協業で自社製品の取り込みも行っているファブレス企業としての実績はあるが、回路設計と製造プロセス開発/ファブ建設・運営はまったく異なる分野であることは、自身がコアなエンジニアであるマスク氏自身がよく理解しての事であろう。先端半導体用の自社ファブを保有・運営することは、とんでもなく大きなリスクを伴う果てしなく困難な事業である。

「Real Man Have Fabs(真の男はファブを持つ)」と豪語したAMDの創業者サンダース

1980年代、半導体産業黎明期では半導体企業は回路設計、微細加工技術研究開発、製造前工程/後工程、マーケティング/販売、アプリケーション・サポート、アフターサービスのすべての工程を自社内で完結させる垂直統合型の企業が普通であった。

その中でも、先端の微細加工技術を移植した前工程を行う工場(ファブ)の建設と保有は巨額の設備投資を必要とし、工場建設中の少なくとも3年間の建設過程では、前世代製品の販売で稼いだ現金が出てゆくだけで、その間にも次期製品のアーキテクチャーも開発しなければならない。

ファブが稼働するのは最短でも3年はかかり、経営者は3年後の市況と自社製品の製品力にその資本をすべて前払いする覚悟が求められる。ファブ建設は半導体経営者にとっては大きな賭けであり、よく「半導体ビジネスとはインテリがやる博打だ」などと言われるゆえんである。

そんな時代で、ビジネスの軸足をメモリーからマイクロプロセッサーにいち早く転換したIntelはPC市場の急速な拡大とともに半導体市場の中心的存在となっていった。そのIntelを相手にマイクロプロセッサーで真っ向勝負をかけるAMDのCEO、ジェリー・サンダースはあくまでも自社ファブの建設にこだわり「Real Man Have Fabs(真の男ならファブを持つ)」と豪語していた。

その言葉通り、AMDはテキサス州の州都オースチン市に当時としては業界最大のFab 25の建設に取り掛かった。

しかし、Fab 25の建設と並行して進められていたAMD初の独自設計アーキテクチャーによる「K5」の失敗が明らかになると、サンダースはNexGen社を買収、後に爆発的ヒット商品となるK6プロセッサーシリーズを量産ラインに乗せて倒産寸前のAMDは見事にカムバックした。

私はその当時日本市場開拓の営業としてK5からK6への大変換を目の当たりにしたが、何度も建設中のFab 25の前を通りかかるたびに「この会社は生き残れるのだろうか? それにしても半導体ビジネスとはなんとリスクの高いビジネスなのだろう…」などと、他人事のように営業に勤しんでいた記憶がある。当時の半導体企業の経営者たちはこういった修羅場を何度も経験しながら、その魅力に取り付かれ挑戦し続ける限られた人々だと実感したのはかなり後になってからだった。

  • AMD Fab 25の外観

    AMDがテキサス州オースチン市に建設したFab 25の外観。ドレスデン工場の稼働以降は、AMDと富士通の合弁会社FASL(Spansion)のフラッシュメモリ工場となった (著者所蔵イメージ)

K6シリーズの量産を可能として瀕死のAMDを救ったFab 25も、その後AMDがファブレス企業となるとInfineon Technologies社に売却され、2025年にはSkyWater Technology社が引き継いだ。

見方が分かれる業界

今回のマスク氏の発表への業界の反応は、「マスクならやりかねない」、「いくらマスクでもこれは無理」、と大きく分かれている。

異業種からの半導体製造業参入には過去にも例があるが、ことごとく失敗に終わっている。日本でも、1980年代第一次のDRAMブームの中で、ミネベアが設立したDRAMメーカーのNMBセミコンダクターを新日本製鉄(当時)が買収(日鉄セミコンダクターに社名変更)し、DRAM生産に乗り出した例があったが、結局撤退に追い込まれた。しかし、今回の発表は下記のような点で過去の例とは異なっている。

  • マスク氏はAI半導体を大量に消費するビジネスを複数所有している
  • SpaceXをはじめ、ヒト型ロボット、自動運転などのすでに現実化しているビジョンがある
  • すでにSamsungとの協業をしていて、この協業をベースにすることもできる
  • 空前のAIブームの継続的成長と先端半導体の供給不足は今後も続く予想である

こうした条件以上に、今回の発表が過去の失敗例とは異なると思わせるのがマスク氏自身の特殊性だ。ハイパースケーラーに代表される米国のテック企業のリーダーの中で、あくまでも「モノづくり」に偏執狂的こだわるコアなエンジニアであるマスク氏は異色の存在である。

以前、米国雑誌の記事で、Tesla操業間もなくの時期に、生産歩留りがなかなか上がらない工場に寝泊まりして自らが工場ラインの指揮を執り、量産体制を確立したという話を読んだことがある。モノづくりの本質を見極め、素早く最適解を割り出すという素質と、荒唐無稽に思われるプロジェクトに果敢に挑戦し、成功するまであきらめないというマスク氏の特殊性は常に新たな挑戦を強いられる半導体業界とは相性がいいという印象を受ける。

マスク氏が「半導体の真の男」となれるかどうか、今後が注目される。