グラフィックス・カードを中心に最新のハードウェアを報道するかなりディープな業界誌に興味深い記事が載っていた。「AMDがArmベースのAPUを開発中、コードネームは“Sound Wave”」という題されたこの短い記事は、リーク記事にもかかわらずご丁寧にも匿名の情報提供者から入手したであろうパッケージの寸法を示す税関申告書の一部まで掲載していた。

ArmベースのAPUでモバイル分野を開拓するAMD

当該の記事によると、AMDは“Sound Wave”というコードネームでArmベースのAPUの開発を進めていて、来年後半に発表するということだ。

AMDがArmベースのデバイスの開発をしていることは、かねてより噂が絶えなかったが、今回のリーク記事ではパッケージサイズがかなり小型の32mm×27mmのBGAで、6つのCPUコア(Pコア×2+Eコア×4)にRDNAアーキテクチャーのGPUを内蔵するという大まかなスペックまで披露され、かなり現実味を帯びている。現在、電気特性などを評価するためのボードが出荷されている状況だという。

小型のパッケージから推測すると、モバイル分野のアプリケーションを狙っているとみられ、省電力のArmアーキテクチャーの特徴を活かしたデバイスになる模様だ。x86アーキテクチャーでCPU市場をIntelと2分するAMDは、PC/サーバー市場で熾烈な競争を繰り広げているが、近年はZenアーキテクチャーによる高性能CPUをTSMCとの協業によりロードマップ通りに市場投入していて、Intelのシェアを着実に取り込みつつある。

CEOのLisa Suは、かねてよりx86アーキテクチャーによるハイエンド市場での地盤を固めることで、より高い利益率を確保する製品戦略を取ってきたが、ここへ来てモバイル分野でシェアを伸ばしつつあるArmアーキテクチャーを自社CPUに取り込む段階に来たということだろう。

データセンター市場で高性能のCPU/GPUを供給するAMDが、エッジデバイスによるAIワークロードという今後の成長分野を意識している事が伺える。

過去にもあったArmベースのCPU「A1100」と、キャンセルされた幻のK12プロジェクト

実はAMDには過去にもArmアーキテクチャーによるCPU開発をした経緯がある。しかし、その開発はOpteronブランドの中の「A1100」というサーバー用CPU製品の単発の結果に終わってしまった。

  • A1100のパッケージイメージ

    A1100のパッケージイメージ

AMDは2003年に、K8アーキテクチャーのOpteronブランドでサーバー市場への参入を果たしたが、その後パイプライン構造をさらにアップグレードし、高クロックを意識したBulldozerコア(K10に当たる)アーキテクチャーでその地位を固めようとしたが、製品レベルでは実性能が上がらず結果的に失敗に終わり、Intelに対峙する充分な製品がない長期の空白期間があった。

AMDがサーバー市場に返り咲くのは2017年のZenアーキテクチャー製品の登場まで待たなければならなかった。A1100というArmアーキテクチャーのサーバー用CPU製品はこうしたAMD苦難の時代の試行錯誤の末、電力効率の良いサーバープロセッサーとして開発された。当時はまだArmアーキテクチャーがサーバー市場では受け入れられておらず、市場の引きがほとんどない状態であったが、AMDはこの後継アーキテクチャーとしてK12プロジェクトを立ち上げた。

  • A1100の開発コード名「Seattle」の概要

    A1100の開発コード名「Seattle」の概要

K12プロジェクトはx86とArmの両方の命令セットに対応するデコーダーを備え、x86とArmがピン互換のプラットフォームを立ち上げるというプロジェクトで、当時AMDは“Ambidextrous(左右両利き) Computing”と呼んで技術概要の発表まで行ったが、結局x86市場での優位性を取り戻すためのZenアーキテクチャー開発を優先するという経営判断で、このK12プロジェクトは陽の目を見ずキャンセルされた。現在AIプロセッサーの新興企業TenstorrentのCEOとなっているJim Kellerは、この当時AMDのアーキテクチャー開発のエンジニアリング現場で指揮を執っていたが、当時を回想したインタビューで「あれは重大な経営判断ミスだった」と語っている。

  • K12へのロードマップ

    Seattleを経て、2016年には独自コアのK12が投入される予定だった

x86分野を開拓するNVIDIAとArm分野を開拓するAMD

最近の発表で注目を集めたNVIDIAによるIntelへの資本参加とx86市場での協業は、長年業界を見てきた人間にとってはかなりの驚きであったろう。両社CEOがWeb上で顔をそろえた発表で、NVIDIAのCEO、Jensen Huangが「CPU市場では現在でもx86アーキテクチャーが大きなシェアを持っている」と語っていたのが非常に印象的だった。

x86市場をIntelと2分するAMDが、Armベースの強力なCPUを擁するNVIDIA/QUALCOMMの牙城に切り込む準備をしているとすれば、大変に興味深い話である。確かに、10年前にAMDが置かれた状況とは環境が大きく変化している。技術革新の本流はCPUからGPUに移っているし、ピン互換という考え方はチップレット構造の発展で死語になった。そして、現在のAMDには2つの異なるアーキテクチャーを同時に開発する資金力もある。

今回のリーク記事の内容と、現在の市場環境を考えると、噂されるAMDの「Sound Wave」は、“幻のプロジェクト”とはならない現実味を持っている。