SiC(炭化ケイ素)を使用した高性能パワー半導体で業界をリードしてきた米国のWolfspeed社(以前はCree社として知られていた。2021年に社名変更)が破産手続きに入ったという衝撃的なニュースをみて大変に驚いた。
元来パワー半導体については門外漢であるが、かつて外資系シリコンウェハ企業に勤務していた時にウェハサプライヤーとして日本の半導体企業に売り込んだ経験がある。
私の半導体業界での主たる経験はマイクロプロセッサーやEPROM/Flashと言ったデジタルデバイスだったので、シリコン材料の特性がデバイス性能における重要なファクターとなるパワー半導体の世界は非常に複雑で、慣れるのにかなり苦労したことを記憶している。10年も前の話だが、その頃からすでにシリコンに代わるパワー半導体の基盤材料として、SiC/GaNなどの化合物半導体系の新素材は研究されていて、小口径のウェハがやっと実用段階に入ったころであった。
その中で、Wolfspeed社はいち早く8インチ口径のSiCウェハ製造を開始し、その優れた特性を活かした高性能パワー半導体の本格的量産体制に入ったという認識であったので、このニュースには大変に驚いた。何があったのかを考えてみたい。
中国勢の台頭とEV市場の価格競争の激化
Wolfspeed社は1990年代からいち早くパワー半導体におけるSiCの優位性に着目した老舗ブランドである。
小口径から始まったビジネスも、現在では業界に先駆けて8インチウェハラインの増強に多くの資金を投入し、特にN型SiCウェハの世界市場では、3割以上のトップシェアを誇っていただけに、この突然の破産準備のニュースに驚いた方は多くいると思う。
関連する報道を見てみると、まずその背景にあるのはEV市場における急激な変化である。米国トランプ政権は、それまでのEV推進政策を転換し、EV普及のための補助金制度を廃止し、エンジン車へ回帰する動きを鮮明にした。このために各自動車メーカーのEV投資は急速に減速し、これからの成長が期待されたSiCパワー半導体市場は大きな打撃を受けた。
これと並行して起こっていたのがBYDを始めとする中国勢の急速な台頭である。主に中国市場に注力するBYDはこうした米国の動きとは正反対に、中国政府の後押しもあってEV車の製造能力を急峻に増強し、市場価格は下降する一方である。BYDは電池を含む多くの部品を自社でも開発しており、その成長をサポートするウェハ/デバイス企業も中国内で急速に存在感を増している。かつては米国から半導体を多く調達してきた中国も、国内での調達が可能となるような多くの企業が急激に育ってきていたということだろう。
いよいよその全貌を現わす「中国製造2025」の成果
かねてより中国政府が掲げていた「中国製造2025」計画は、「2025年までに中国内の半導体自給率を70%にまで高める」というかなり野心的なプロジェクトである。
結局その達成には成らなかったが、実際には着実に成果を挙げていて、2025年の現在では我々が5年前に予想したよりも遥かに高いレベルに到達しているというのが正直な印象だ。
最先端プロセス技術を可能とするEUV露光装置をはじめとする先端製造装置の輸出規制により、CPU/GPUといった大規模な先端半導体の開発から、20nmレベルの成熟半導体技術での生産増強に舵を切った中国は、今や世界市場におけるパワー半導体分野での確固たる存在感を打ち立てている。そのパワー半導体の中でも、プレミアム価格を享受できるSiCという新素材の分野でも、自国内の開発/製造能力をすでに持っている事実が今回のWolfspeed社の件で明らかになったといえる。最先端のAI半導体分野でも、最近のファーウェイが開発した最新のAI半導体、Ascend 910Cの実力を考えると、この分野でもかなりのレベルに達していると認識する必要があるだろう。「中国製造2025」はいよいよその全貌を現わし始めている。
NVIDIAのCEO、Jensen Huangが警鐘を鳴らす中国半導体の実力
最近、2026年度第1四半期(2025年2-4月期)の決算を発表したNVIDIAは相変わらずの独り勝ち状態を見せつけたが、CEOのJensen Huangは中国半導体技術の急速な進化に警鐘を鳴らす。米国政府による輸出規制で出荷が停止された中国向け製品の在庫引当金を費用計上した事は、確かに大きなネガティブ要因ではあったが、それ以上にHuangが懸念を抱くのが中国市場での競争を封じられている点だ。
Huangは世界最大の市場を擁する中国で競争する自由を封じられることによって米国企業の競争力が低下することに警鐘を鳴らしているということだ。競争状態が均衡し緩くなると、市場は急激にコモディティー化し、後に待っているのは価格競争による持久戦となる。こうした例は、半導体関連でも太陽光パネル、EV、電池などの分野ですでに起こっている。さらに過去に目を向ければ鉄鋼や造船など、中国企業による世界市場のコモディティー化により持久戦に耐えられなくなった多くの企業が市場から退場した。歴史を顧みない対処療法の繰り返しに対し、強い警鐘を鳴らすJensen Huangの洞察には深いものがある。