世界半導体市場統計(WSTS)を傘下に持つ米国半導体工業会(SIA)によると2024年の半導体市場は前年比19.1%増の6276億ドルとプラス成長を遂げた。また2025年1月も同17.9%増と、相変わらず快調に成長しているように見えるが、実際にその中身を見てみると、AI関連半導体に全体がけん引されている事は明らかだ。しかし最近になってそのAIも含めて、全体的に変調の兆しをまだら模様に示すようなニュースが散見されるようになった。
生成AIが牽引するAI半導体関連市場の好調な成長に変調
2024年の19.1%という伸びはNVIDIAをはじめとする生成AI半導体による驚異的な市場成長の結果であることは明白だ。NVIDIA、Broadcom、AMDと言ったファブレス企業の成長率は、そのままそれらのファブレス企業のデザインを最先端の微細加工技術で製造するTSMCの成長率とぴたりと重なる。この驚異的な成長パターンはそのユーザーであるビッグテック各社の巨額の設備投資に支えられている。
NVIDIAの最新製品「Blackwell」は未だに争奪戦が繰り広げられており、ビッグテック各社はこの高額な新製品を競うように購入し、それを組み込んだデータセンターが消費する膨大な電気量を確保するために原発を中心とした発電所に隣接した土地を買いあさっている。
昨年来継続されたスケールアップ(GPUやメモリーのアップグレードによる高性能化)とスケールアウト(サーバーの設置台数増量による性能向上)の大規模なレベルでの投資競争は、ビッグテック各社のキャッシュフローを悪化させる結果となる。生成AIを組み込んだサービスの向上で得られる投資効果が同比率で増加していないからだ。
そんな中で米国の複数の有力紙からMicrosoftが米国やヨーロッパで計画していた大規模なデータセンターの建設予定を見直しているという報道があり、同社の株価は一時期10%も下落した。今年初旬の「ディープシーク・ショック」はまだくすぶっていて、業界内では「オープンな開発環境で、最新鋭のハードウェアがなくても効率よく高性能なAIモデルを開発できるのではないだろうか」、という疑問がついて回っている。この答えを自社開発の半導体デバイスに見つけようという方向性も、各社で動いていて、今年の中ごろには、「推論」タスクを中心とした自社開発アクセラレーターが各社から登場するものと予想される。こうした動きは「AIバブル」とも言われた昨年には見られなかったもので、市場が調整期に差し掛かっているのではないかという印象がある。
固定費の削減を進めるRenesas Electronics
組み込み用途の市場で堅実な成長を遂げてきたRenesas Electronicsが最大数百人規模の人員削減を国内外で行なったという報道があった。
全従業員の数%にあたる社員には実施方針がすでに伝えられているという。パワー半導体も弱含みの様子だ。SiC(炭化ケイ素)という新素材によるパワー半導体の製造がやっと商業化され、技術的にはこれから増産の兆しがはっきり見えてきたところに、その適用が期待されているEV(電気自動車)市場の減速という事態に直面し、一昨年から勢いを見せていた各社が一気に投資調整の局面を迎えている。巨大なEV市場を抱える中国の経済状況が今一つなところに加えて、今やTeslaを抑えて世界市場を牽引する中国のBYDは多くの部品を内製化していて日本を含む海外企業の参入は難しい。最先端プロセスでの半導体自国生産が困難だと判断した中国政府は、そのフォーカスを20-40nmの成熟プロセス分野の開発に絞り、着実に実績を積み上げている。一方、パワー半導体市場をリードするドイツのInfineon Technologiesは大型設備投資を決め、一気に市場を掌握しようとしている。マーケット・リーダーと中国勢に板挟みになる日本ベースのパワー半導体サプライヤーには業界再編の圧力がかかる。
市場全体に影を落とすトランプ米大統領の大型関税政策
世界市場全体に影を落とすのが、トランプ大統領の大型「相互関税」政策だ。現在(2025年4月7日時点)のところ、半導体分野での関税政策は正式な発表がなされていないが、間もなくその詳細が明らかになる模様だ。
本来、輸入関税は他国製の輸入品に高関税をかけ価格競争力を削ぐことによって、国産品に優位性を持たせ、国内の産業を保護/育成することを目的として行われる。今回のトランプ大統領が発令した「相互関税」は、その税率の高さと日本のように貿易パートナーとして長年の友好関係を築いてきた同盟国にも厳しい関税をかける事で世界経済を混乱に巻き込んでいる。これまでのいろいろな報道や分析を見ると、どうやらトランプ大統領の最終的な目的は、各国企業に米国内での製造を促すことで、雇用の創造と経済の活性化を諮ることのようだ。日本の経済界にとっては、輸出額の比率が大きい自動車産業が大きな衝撃を受けているようだが、半導体業界のサプライチェーンは高度かつ複雑にグローバル化していて、そのすべてを米国内に取り込むことは不可能だ。
トランプ大統領自身も多分知らないと思うが、実はほんの半世紀前の半導体技術の黎明期に世界の半導体市場を2分した日本と米国では、自国でこのサプライチェーンのすべての工程を完結させる垂直統合型の企業が多数存在した。しかし、市場規模がグローバルに拡大するにつれて、すべての技術を一社で持つことは効率/コストの面で困難となり、多数の企業が専門分野に特化して各工程を受け持つ水平分業型のモデルに変化し、現在のような形になった。
長期にわたる戦略的な投資を必要とする半導体業界のリーダーにとっては、トランプ大統領による世界経済への影響についての「不確実性」が意思決定の大きな障害となっているのは明らかだ。