今年の正月に一年の計を立てた。「今年はちゃんとAIを勉強しよう!」、と勇んで臨んだ年明けであったが、そう思い立ったのもつかの間、年明けから瞬く間に広がる「ChatGPT」の勢いにかなり気おされてしまった。
オープンソースのOpenAIをベースとする対話型AI、ChatGPTは昨年来、業界人の間では盛んと話題にされていたが、ここにきてMicrosoftが大きな投資を決め、自社の検索エンジン「Bing」とWebブラウザ「Edge」に搭載し一般向けにサービスを開始するといった発表で広く一般にも話題になった。
今までAI、人工知能、機械学習、深層学習などといった用語は、業界人だけが口にする業界用語であったが、ChatGPTの登場で一般紙でも連日取り上げられる話題となっている。先日、例によって近所の蕎麦屋で夕方から一杯やっていると、隣のテーブルにいた3人組の初老グループが何やら携帯電話に質問を打ち込んで、その返答が返ってくるたびに盛り上がっていた。ChatGPT、まさに恐るべしである。この驚異的な普及ペースを見ると、今年の当コラムでは何度かAIを取り上げることになりそうだ。自身が2月に書いたコラムを3か月後に読んでみて、取り巻く環境の変化に驚くことを予想しつつ、私のAI経験記録の第一弾としても、今回はChatGPTを取り上げる事にした。
黒子であったAIが前面に
スマートフォンやPCを日々使用する我々にとって、AIはすでに身近な存在であった。私達は「Webで買い物をした後に、関連商品がずらずらと紹介されるのはなぜ?」とか、「昼時に何か調べ物をしていると、現在地に近い自分好みのレストラン紹介のCMが現れるのはなぜ?」、と言ったことをいちいち気にせずに利便性を優先してネット上をさまよいながら、ホスト側が提供するAIサービスを受動的(或いは強制的)に享受する状況にどっぷりと取り込まれてきた。人間にとってこれまでのAIの在り方はあくまでも黒子の存在であった。
しかし、ChatGPTの登場で一般人がAIの能力を能動的に利用する時代が訪れたという印象がある。この状況が現出された背景には次のようなものが考えられる。
- 一般受けするユーザーインタフェース:対話型のインタフェースはごく自然な言語表現に対応していて、英語だけでなく日本語を含む多言語にも高い認識率で見事に対応する。テキストによる入力だけでなく、音声入力もかなり正確に認識する。AIが文章を生成する場合には音声を含む自然言語処理において、単語と単語、文章と文章などの出現確率について推論し、それらの関係性を統合した結果が文章として表示され「認識」と認識される。
- 回答のレベルが非常に高い:業界人をはじめとするいろいろな分野の人々がこぞって感想を発表しているが、ChatGPTの大きな強みはその回答のレベルの高さである。米国の大学では学生の論文を採点する教授連中のもっぱらの興味は、論文を書く際に学生がChatGPTを使用したかどうかを見抜くことであったが、現在ではそれに疲れ果てた結果、ChatGPTの使用を認める動きもみられるほどであると聞く。つまりChatGPTは状況に応じて膨大なデータベースのサーチで得た情報を、上記の高度な言語モデルを駆使して「いかにも正しいと思われる答え」として組み上げ、答えとして繰り出してくる。
- ホスト側のAI性能が格段に上がっている:ホスト側は世界中の膨大な情報をいくらでも増設可能な巨大容量メモリデバイスに蓄積する。日々「学習」するAIのハードウェアシステムを支えるCPU/GPUやAIワークロードに特化した専用デバイスの性能も日々向上し、回答の敏速さと正確さを飛躍的に高めている。
AIプログラムのアルゴリズムと高速演算を可能とするハードウェア技術の飛躍的な進化によって、人間の文字・音声といった自然言語によるインプットの認識率が飛躍的に高まり、利用者はAIから瞬時に返ってくるアウトプットを受けとると、まるで識者と対話しているような錯覚を起こすのであろう。いろいろなテスト体験を語る投稿は、恋愛相談、哲学的内容から果てには「私の仕事はどうなるの?」と言った半分本気と思われる切実な問も含んでいて、好むと好まざるにかかわらず、人間がAIをさらに身近に感じる時代に入ったことを再認識させられる。
ChatGPTの登場で今後加速するIT各社の動き
元々は、オープンな環境で始まったOpenAIをベースに提供されるChatGPTだが、Microsoftの巨額投資でその命運をコントロールすることとなって俄かに業界全体が色めき立っている。
クローズドなシステムのWindowsで現在の地位を打ち立てたMicrosoftが、OpenAIに資本参入するというのは私にとっては時代の変わり様を象徴する出来事と映る。Bing/Edgeという技術を持ちながら、検索ブランドとしてはGoogleに大きく後塵を拝していたMicrosoftであるが、主戦場をクラウドへ方向転換させるCEO、Satya NadellaによるGoogleへの挑戦状と見られる。迎え撃つGoogleのCEO、Sundar Pichaiが創業者のLarry PageとSergey Brinを呼び戻して検索事業の強化を図る決定をしたことは、ChatGPTの出現によって今後この分野がIT関連の話題の中心となることを予想させる。Amazonは従来から音声認識プラットフォームAlexaの技術を搭載しており、AppleもSiriを実装している。METAもごく最近AIプログラマー企業への高度な言語モデル「LLaMA」をすかさず発表して牽制するなど、ChatGPTの出現によってさながらAIビジネス加速化のパンドラの箱が開けられた印象がある。この分野での活発な動きで、AI用の半導体プラットフォームで先行するNVIDIAのチップが市場から姿を消したとの報道もある。
AIを能動的に受容する社会
通常のパソコン一台で、日本語でのプレゼンテーションを瞬時にテキストに書き起こし、そのテキストを2秒も経たぬ間に英語その他の言語に翻訳するデモンストレーションを目にすると、IT各社が準備してきたAI技術の飛躍的発展を実感し、今後のこの分野でのビジネスの急拡大が容易に想像できる。
これまでIT企業によって主導されてきたAI環境が今後多くの分野に広がることは明白だ。業界にいる我々は、高度な言語モデルと高速処理の半導体ハードウェアの組み合わせで可能となったChatGPTと対話する時に、相手は「識者」ではなく実は奇怪な二値言語を操る機械である事実を認識しているし、その答えが言葉の出現確率を最適化した単語の繋がりに過ぎないことを理解している。しかも、その基となるデータベースが1つの情報の塊であって、人間が意思決定の拠り所とする「知」ではない事も理解している。
今後は、その事実を常に意識してこの文明の利器を適正に利用していくことを肝に銘ずるべきだと感じる。パンドラの箱は開いたばかりである。