グローバル企業の海外製造拠点新設が活発化している。ドイツへ大型投資をするIntel、熊本に新工場建設を決めたTSMCと、昨年発表された巨大案件は実現に向けて着実に動き出した。

グローバル・サプライチェーンのさらなる強化を図りたい企業と、巨額の補助金提示で企業を呼び込みたい各経済圏、国家の利害が一致した結果であるが、その影響は今後のビジネスのいろいろな局面に現れてくると予想される。

  • Intelがドイツに建設予定の最先端ファブの完成予想図

    Intelがドイツに建設予定の最先端ファブの完成予想図 (出所:Intel)

TSMCとソニー、デンソーの合弁会社である「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)」が早々と熊本工場の概要を発表し、先行して採用活動を始めたという記事が目を引いた。関係各社からの出向要員だけでなく、新卒・中途を含んだ外部からの優秀な人材を集め、総勢1700人の会社をスタートする大がかりなプロジェクトである。その大所帯は、バックグラウンドが異なる人材の混成部隊となるが、大半を占める日本人従業員にとっては“外資系半導体企業”への就職ということになる。半導体での経験のすべてを外資系で過ごした私としては、プロジェクトの今後には大いに興味を持っている。

グローバル企業の中の日本拠点という意味

新会社は台湾本社からの出向要員以外は多数が日本人での構成となるが、本社は台湾のTSMCというれっきとした外資系企業である。すでにあった工場を人員ごと買収した場合と違い、熊本工場はスタートからTSMCスタイルで行われることが予想される。

大半を占めるであろう中途採用人員は、前職で培ったノウハウをどれだけ新職場で有効に使えるかがカギとなる。日本流のビジネススタイルと異なる点が出てきて、今まで慣れ親しんだ考え方を大きく刷新する必要も出てくるだろう。

新卒での採用であれば、いきなり外資系のスタイルをまっさらなところから経験することになる。どちらにしても、グローバル化が加速する業界で生き抜く経験を積めるのはいいことだ。大きく違うのは、「日本企業の視点からグローバルビジネスを見る」という立場だったのが、「グローバル企業の視点から日本を見る」という立場に大きく変わることだ。立場を変えると、今まで見えていなかったものが「見えてくる」事がある。

大学卒業後、日本企業での5年間の経験を経て、その後の30年にわたって外資系企業を経験をしたが、一言で外資系と言っても、企業カルチャーや国民性による違いは各社各様であった。しかし売り子として日本企業に出入りする毎日を長年送っていて、下記のような日本企業と外資の相違点、共通点をはっきりと感じた。

  • 日本企業はプロセス重視、外資企業はあくまでも結果重視
  • “根回し”は両方で大事だが、外資企業の方が単純・論理的で、意思決定が速い
  • 上意下達は日本では曖昧な場合があるが、外資では非常にストレートで徹底している
  • 人間関係は両方で非常に重要なファクター

私は台湾企業での勤務経験はないが、AMDと富士通がジョイントベンチャーとしてスタートしたFASL(後のSpansion)の立ち上げにも多少関わり、カルチャーが違う日米協業の難しさや、分かり合うことの重要さを身をもって経験できたことは大いに勉強になった。

雇用体系や組織運営の違いを理解する

あくまでも一般論だが、多くの外資系企業は日本市場の特殊性に配慮しながらも、基本的には全社的視野に基づいた雇用体系を展開する。また組織運営についても、全社的なプロトコルに沿った動きをする。この点で、外資系と日本企業には大きな違いがある。

  • 日本企業は福利厚生が充実しているが、外資系は給料や実績に直結したボーナスでそれをカバーする。
  • 日本企業は雇用の安定を第一に考えるが、外資系は市況に合わせて組織を拡大しビジネスの最大化を狙う。市況が悪化した場合には組織の縮小もあり得る。
  • 組織運営にも大きな違いがある。外資系は「レポートライン」を基本とした人事管理をする。レポートラインは「誰が誰の部下なのか」を明示する為の仕組みで、組織図を見ると一目瞭然となっている。ビジネスの拡大によって各部署のファンクション別に縦割りが進み、本社に直接レポートする人員も出てくる。これらの人員は本社機能に「Direct Line(直属の関係)」で直結し、ローカルの組織には「Dotted Line(間接的に所属の関係)」という具合に組織に組み込まれている。自身は日本の組織に在籍するが、直接のボスは本社にいるというケースである。微妙な調整が必要である。

レポートラインの意味を正しく理解することは、外資系で勤務する上で非常に重要である。要するに「誰が自分の給料を払う予算を管理しているか」ということで、これを間違うと思わぬ結果を招く恐れがある。自分がどの組織の誰のもとにいるか、そして自分のボスが全社的な組織の中でどの位置にいるか、などについても時間の経過とともに理解を深めていく必要がある。

グローバル拠点の全雇用にかかるすべての経費は本社で纏められていて、その予算の通貨はほとんどが米ドルなので、為替変動による影響を受ける場合もある。個人の給料は日本円で支払われるので為替変動などないが、日本組織を預かる管理職にとっては悩ましい変動要因となる。ともあれ、グローバル企業の本社の幹部が「なぜ日本に投資するのか?」、という意味を理解することは一般社員と言えども、日々の勤務をすすめるうえで重要なことだと思う。

積極性がカギとなる外資系企業勤務

外資系企業は英語が公用語の世界である。もちろん、英語が堪能な人もいれば、そうでない人もいる。英語は単なるコミュニケーションのツールだと割り切って、下手でもいいから積極的に使っていいればそのうち慣れてしまうものである。

外資系企業で何よりも重要なのは、英会話の能力ではなくその人の積極性に尽きる。「その人が言いたいことがあるかどうか」が問題なのであって、「どのように流暢な英語で伝えるか」ではない。

  • 外資系企業で重要となるもの

    外資系企業で重要となるのは英会話の能力ではない

上昇志向は何にもまして評価される点である。より大きな責任範囲を任されることはそれだけで高評価のしるしで、またとないチャンスだととらえる方がよい。日本人はともすれば、「私の技量ではこの辺が一番合っている」という考え方をする人もあるだろうが、外資系では例外なく上昇志向が期待される。

「中庸を得る」などという道徳観はグローバルビジネスでは変人扱いされると思った方がよい。日本企業からの転籍の場合は、最初は戸惑うかもしれないが、自身の成長にとって格好の機会ととらえる方が得である。私の経験では、技術職からフィールド・エンジニアや営業に転身して非常に成功したような例も多く見てきた。新たな分野に挑戦することによって自身の未開拓のポテンシャルに気付かされることは多々ある。

よい人間関係の構築は、外資、日本企業を問わず重要となる。特にカルチャーが違う世界に飛び込む時に肝心なのは、お互いが相手を尊重することである。その手がかりを掴むために私がお勧めしたいのは、本社スタッフとの個人的なつながりを持つことだ。最初は趣味レベルの共通点でもよいので、本社に“友達”を持つことは多角的な見方を養うためにも非常に役に立つし、仕事が楽しくなるのも請け合いである。