米国半導体協会(SIA:Semiconductor Industry Association)が最近発表したところによると、2021年の半導体市場は売り上げベースで一昨年(2020年)と比較して28.3%の驚異的な伸びで、個数ベースの総出荷数は1兆1000億個となり、業界史上最高を記録した。「1兆個以上出荷されたデバイスに集積されたトランジスタの数はいったいどのくらいだろう?」などと考えるとこの業界のとんでもなさが感じられる。

この発表の根拠となっているのはWSTS(World Semiconductor Trade Statistics)という米国に本拠地を構えるNPOによる統計である。日本でも、WSTS日本協議会という支部がJEITAの下で活動し、“世界半導体市場統計”という名称で会員に対して詳細にわたる統計データを提供している。日頃、このようなデータに基づく数々の報道に関心を寄せている私であるので、今回は半導体市場データについての話題で書いてみることにした。

  • Am486ウェハ

    2021年には1兆個以上の半導体チップが出荷された。写真は著者所蔵のAMD Am486のウェハ

WSTSのデータ集計の方法

WSTSは世界の半導体メジャーブランドが会員となって月次統計報告書を発表しているNPOである。経済安全保障の重要分野を担う半導体の市場動向は業界のみならず、各方面からの関心事となっていて、その基となる統計データとしては貴重な存在である。

WSTSのWebサイトによれば、そのカバー率は世界トップ半導体企業25社のうちの18社をカバーしていると謳っている。市場の全体像を知る上ではかなり信頼度が高い情報源と言える。WSTSの月次統計報告が出来上がるまでのプロセスは以下のようなものである。

  • メンバー企業各社がユニット/売り上げの毎月の実数と今後の予測を第3者エージェントに提出する。データの扱いについては厳しい秘匿性が担保されているので、各社は正確な数字を包み隠さず提出する。実態を反映する数字としてはかなり信頼度が高い。需給がひっ迫している今日では、各社とも少なくとも今年いっぱいの受注残を抱えているのでこの数字に基づく予測はかなり正確なものになる。
  • 第3者エージェントは各社から吸い上げた数字を地域ごと、製品カテゴリーごとに分類し、その総体の数字をまとめ上げる。
  • 総体の数字は各地域の代表からのインプットを受けて微調整される。
  • 最後にデータを所定のフォーマットにまとめて発表となる。

一見、市場データとしては申し分のない条件を揃えているように見えるが、下記のような弱点もある。

  • 地域カテゴリーが米国(カナダ、南米を含む)、欧州、日本、アジアパシフィック(日本を除くアジア全域)という旧来の割り方なので、世界最大の市場である中国の数字が独立して見えない。
  • 各社が提出したデータはマスキングがされているので、ブランド別の数字はない。
  • 2011年ごろに、AMD/Intelが相次いで脱会したのでハイエンド・マイクロプロセッサー市場の数字は実数に基づいているわけではなく、WSTS独自の観測が加味されている。
  • ほかにも、NVIDIA、Qualcomm、Broadcom、MediaTekという大手どころも会員ではない。

AMDとIntelがすでに脱会していたことは、この記事を書くためにリサーチしてみるまで私自身も知らなかった。その理由については明らかにされていないが、x86マイクロプロセッサー市場は事実上この2社の寡占状態であるし、わざわざ自社データを提出してまで手に入れる必要性がなくなったのが原因かもしれない。

業界全体の動向をマクロ的に把握するのには非常に価値の高い統計と言え、会員に開示されるエクセルデータは製品ごとに容易にソーティングできる便利なツールであるが、上記の理由により用途は限定される。

  • 1984年当時の半導体シェア推移予測

    1984年、SEMATECHは1999年までに世界市場での日米ブランドのシェアが逆転すると主張していた(著者所蔵資料)

WSTS(世界半導体統計)会議の思い出

1977年に創立されたWSTSには45年の長い歴史がある。NPOとして本格的活動を始めたのが1986年、この年は私がAMDに入社した年でもある。

WSTSは年2回、各地域で主要会員企業の代表が集まる定例全体会議を開いている。各地域の代表会員が持ち回りで会議を開催するので、各企業のWSTS代表は2年もやっていれば世界を大まかに一周することになる。

私は、多分入社2年目くらいのころ、日本で開かれた全体会議に参加する機会があって、その年の会場となった神戸を訪れた記憶がある。AMD本社からは、データ統計の専門部門のディレクターが来日して一緒に参加したので、WSTS会議の進め方についていろいろ教えてもらった。

1日目のカクテルパーティーで各企業の代表メンバーに紹介され、いろいろ話を聞いて大変勉強になった。翌日の午後には神戸市内観光があって、その晩に高台から見た神戸港の美しい夜景を記憶している。

  • 神戸の夜景

    神戸の夜景

会議の進め方は、あらかじめ集計されたデータを披露し、各カテゴリー別の数字について全員が意見を交換する方式である。皆が納得であれば「合意!」と確定になるが、時には「異議あり!」の声がかかり、異議を唱えた代表がその理由を述べ、合意に至るまで議論する。会議の冒頭にはゲストスピーカーが最新の技術トレンド、市場動向における特記事項などについてのプレゼンを行い大変に盛りだくさんの内容である。前述のようにAMDは10年前に脱会しているので、この会への参加がないのは寂しい限りである。Webサイトによれば、次回ミーティングはオーストリアのウィーンであるらしい。

多元的に活用する必要がある市場データ

WSTS統計を筆頭に市場データは各種存在する。市場調査会社や証券アナリストなどによる市場分析のデータではブランド別のものが手に入る。これらはもちろん有料であるが、変化が激しい半導体業界での下剋上状態が分かるのでかなり生々しい。これらのデータの集計方法は、決算発表などの公的な情報に加え、各企業への聞き込みなど各データ提供者のノウハウが詰まった貴重な情報である。以前は各ブランドの決算発表の数字から割り出したブランド別の数字が主流であったが、この10年くらいで市場の現況に合わせた下記のような変化がみられる。

  • ファブレス化が進んだためにファウンドリの数字を明示的に示した統計が提供されるようになった。このデータはファブレス企業の数字がダブルカウントされているので、気を付ける必要があるが、各企業の勢力地図を知る上では大変に参考になる。
  • 半導体を内製しているAppleの数字が登場したのはこの数年のことのように思える。外販されることがない内製使用の半導体出荷の数字であるが、Apple Siliconでますます影響力を増すAppleの数字は各企業への影響力を測る上で大変に参考になる。今後GAFAなどの内製規模が大きくなれば、統計上に反映されてくるだろう。
  • ファウンドリ会社の顧客の内訳などのデータもある。世界のファウンドリ市場の半分以上を占めるTSMCの顧客はAppleを筆頭に、AMD、Intel、NVIDIAと大手どころが名を連ね、最先端の半導体市場動向を伺うことができる。

統計データはその使用目的ごとに使い方が異なるので、多元的に活用すると大変に意味深いものとなる。