これからの未来に向けて、ただのポーズ取りではなく、人類が本気で取り組まなければならないSDGs(持続可能な開発目標)。本連載では、国内における起業家やスタートアップを中心にビジネスの話に加え、今後の企業における事業展開にも重要性が帯びてくるSDGsに関する考え方を紹介します。→「SDGsビジネスに挑む起業家たち」の過去回はこちらを参照。
GXのリーディングカンパニーとして変革を主導するアスエネ
国内外で注目度が高まっている気候テック(Climate Tech)領域。CO2排出量削減や将来的に予測される気候変動の影響に対処する技術全般を指す。
欧米を中心とする世界各国がカーボンニュートラルについて、明確な目標を打ち出して久しい。日本も2050年までのカーボンニュートラル達成、中間目標として2030年度において温室効果ガス46%削減(2013年度比)との目標数値を掲げ、脱炭素化に取り組んでいる。
気候テックに関連する企業は数あれど、いま国内でトップ、グローバルで見ても勢いのあるスタートアップといえば、CO2排出量の見える化・削減・報告クラウドサービス「アスゼロ」を提供するアスエネではないだろうか。
昨今、多くの企業が掲げる経営指針である、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)とデジタル・トランスフォーメーション(DX)双方の流れを汲む領域ゆえ、投資家からも熱視線が注がれる。
2019年10月の創業後、2020年5月には再エネ調達コンサルティングサービス「アスエネ」、2021年8月には前出の「アスゼロ」、2022年11月にはESG(環境・社会・企業統治)評価クラウドサービス「ESGクラウドレーティング(ECR)」と、毎年のように新サービスをリリース。
融資を含むと累計31億円の資金を調達(2023年5月時点)し、2022年11月にはシンガポールに海外現地法人のAsuzero Singaporeを設立した。年内にはアメリカを含む複数国への同時進出を予定し、その勢いは止まらない。
「脱炭素社会の実現に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)に基づいて、いま世の中では構造的な変化が起きています。気候変動領域では従来型の火力発電から再生可能エネルギーへ、モビリティ領域でいうとガソリン車からEVへというような転換が進んでいます。それと同時に、価格やコスト、品質といったモノ・サービスの選定基準に、サステナビリティやESGの観点もプラスされるようになっています。このようにGXやESGといった新たな価値観が実装されていくと、社会はよりよくなっていくと私たちは考えています。アスエネはGXのリーディングカンパニーとして、現在展開する自社サービスを主軸に変革を主導していきます」
こう話すのは、アスエネを率いる創業者で代表取締役 CEOの西和田浩平さん。慶應義塾大学卒業後に入社した三井物産では、日本・欧州・中南米の再生可能エネルギー新規事業投資・M&Aを担当し、約5年ものブラジル赴任中には分散型電源企業出向、ブラジル分散型太陽光小売ベンチャー出資などに携わった経歴を持つ。
その原体験がアスエネの事業に懸ける想いと結びついている。西和田さんにアスエネの成り立ちから今、未来に至るまでのお話を伺った。
ブラジル赴任中、大きな刺激を受けて起業
アスエネ創業につながる転機となったのは、天然ガス利用設備を活用したエネルギーサービス事業者「エコジェン」(エコジェン ブラジル、三井物産がM&A)で2~3年にわたり経営に関わったことだと西和田さんは振り返る。
当時はブラジル人の社長や副社長を筆頭に、社員を200人ほど抱えるスタートアップだった。ほぼ全員がブラジル人という環境で、社長と三井物産から出向する副社長との3人で面談するなど動くことが多かった。
エネルギー系のスタートアップをM&Aしたり、パートナー企業や顧客との商談のみならず、業界団体として意見書を作成して大臣と面談したりするなど、ブラジル政府に直接働きかける機会も少なくなかったという。
同社は組織全体の圧倒的なスピード感と実行力で事業の急成長と黒字化に成功し、再生可能エネルギー・省エネ領域の会社としても注目されるようになったことで、西和田さんも大きな刺激を受けていた。
自ら経営にチャレンジしたいと考えたとき、起業かM&Aをした会社に経営陣として出向する2つの選択肢があったが、自身の思いをより自由に実現するため前者を選択した。
2019年4月、大きなプロジェクトを終えて区切りがついたのを機に、半年後の退職を決断し、同年10月にアスエネを創業、再生可能エネルギー100%の電力小売サービス事業をスタート。創業2カ月後には初の資金調達を実施するなど、順調な滑り出しに見えたが、最も苦労したことがビジネスモデルの立ち上げだった。
特に、西和田さんが会社員時代には縁のなかったシステム開発の領域である。最初は広くエンジニア募集をかけて15人ほど面接したが、どの人が良いのか、誰を採用すべきかが判断がしづらい。そこで友人からのリファラル採用に舵を切る。
結果的に数々の大手IT企業を渡り歩いてきた優秀なエンジニアとの縁があり、彼の存在がアスエネにとって最初の原動力となった。西和田さん自身も開発に関する本を30冊ほど読んでサマリーをまとめながら学び続け、毎日開発の要件定義や設計の会議を通じて、システム開発や改善を積み重ねてきた。
2人のキーパーソン参画が転機に
営業面にも課題があった。2020年5月のサービスリリース後、メンバーは開発を除く全領域を担う西和田さんとエンジニアのみ。初期15社ほどの顧客を自身1人で獲得するものの、今後BtoB向けサービスの営業に強いメンバーに参画してもらわなければ、顧客を断続的に獲得していくのは難しいと感じていた。
そこで友人を通じて出会ったのが、現在共同創業者 兼 取締役 COOとして、営業・マーケティングチームの立ち上げやチームの動きを統括する岩田圭弘さんだ。
キーエンスで営業所の立ち上げや営業戦略立案を担っていた。岩田さんや彼の仲間が2~3人ジョインしてからは、見込み顧客へのアポ取りから受注の実行がとてもスムーズになり、サービス導入企業が右肩上がりに急増していった。
「私自身、前職の経験から、経営や投資、M&A、資金調達、法人営業などでの強みはありましたが、開発や営業のインサイドセールスの知見はありませんでした。スタートアップは製品・サービスを作って売らなければ何も始まりませんが、自分1人の力だけではプロダクトを作ることも売ることもできません。自分に足りない専門性に特化した2人に共同創業者として入ってもらうまでの立ち上げ期は非常に苦労しました」(西和田さん、以下同)
その後、1人、2人とメンバーは徐々に増え、2022年時点では全体で50人ほどとなり、さらに2023年5月時点では120人ほどの規模感へと急拡大している。
日本はもちろん、グローバルで勝ちに行く
人員の増加からも推察できるが、2022年はアスエネが大躍進した年だった。2023年5月時点で、創業からおよそ3年半で投融資の累計資金調達額は約31億円を超え、アスゼロは受注額ベースで月平均90%超の成長、導入社数は3,100社を突破、提携企業数は80社を超え、今年になってもその勢いは続いている。
金融機関・地域金融機関や総合・専門商社、コンサル、製造業、投資ファンドをはじめとする幅広い業界の名だたる企業がアスゼロとの協業を続々と発表した年でもあった。非常にドラマティックな1年を西和田さんは「毎月が激動でした」と振り返る。
ポジティブなことや苦労もあったが、順調な資金調達ができたことから余裕が生まれ、既存事業の成長を図りながら、新たな挑戦を前倒しで仕掛ける段階に来ていたという。
当初、海外展開は2024年をめどに考えていたが、もっと早く攻めていくために、2022年11月にはシンガポールに海外現地法人を立ち上げたのもその一環だ。
「参加させていただいたG1ベンチャーでサントリーの新浪社長が『世界の強豪企業は自国を飛び出して、アメリカ・インド・シンガポールなど活気のある国々で戦っている。日本の起業家も攻めの姿勢で海外に出ていかないとダメだ』といった話を聞いて、もっと早くチャレンジを仕掛けないといけない、と気が引き締まりました。私たちは大義のあるビジネスモデルを展開していると自負していますが、社会的なインパクトをより大きくするためには勝ち続けることも重要です。もちろん日本が主戦場なので、日本で勝つのは当たり前ですが、グローバル展開をスピード感を持って準備しているところです」
国内外のネットゼロを目指す動きを
西和田さんは視察団としてCOP27に参加したり、「令和4年度 環境省 環境スタートアップ大賞」において「環境スタートアップ大臣賞」を受賞したり、経済産業省が運営するスタートアップ支援プログラム「J-Startup」の2023年認定企業に選出されたりと、有識者として国内外の政府ともやりとりする機会がある。
最後にそんな西和田さんへ、気候変動問題と最前線で向き合う立場として、脱炭素社会の実現に向けた世界各国および、日本の気候変動への対応を見て抱く課題感や今後の展望について聞いた。
国内に目を向けると、昔と比べれば確かに脱炭素やサステナビリティに関する取り組みは増えているものの、世界のメインストリームからはズレがあり、ガラパゴス化してしまう懸念もあると西和田さんは語る。例えば、世界的に増えている電源は、再生可能エネルギーの太陽光と風力である。
CO2排出がないことに加え、圧倒的な価格の安さが理由だ。ブルームバーグNEFの予測などでも、この先30年、再生可能エネルギーが伸び続けるとされている。一方、日本では水素のような、国内の技術力が強い分野でカーボンニュートラルを実現しようとする動きもある。コスト面では世界の潮流である再生可能エネルギーの方が断然低いのだが……。
「環境省や経産省などとも連携が始まりました。Climate Techを通じてGXやESGを主体的に推進する企業として、日本国内はもちろん、世界・アジアのルールメイクに積極的に関わり、国・政府に働きかけ、ビジネスを通じた社会インパクトの最大化を実行していきたい」
日本だけではなく、全世界に目を向けている西和田さん。国内外のネットゼロを目指し、世界が抱える社会課題解決に立ち向かう、日本発のリーディングカンパニーとして、アスエネの挑戦は続いていく。