本連載を開始した2020年2月当時、まだ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の詳細は見えておらず、あらゆる対応は手探りの状況でした。その後の爆発的な感染拡大により、我々の生活が大きく変わったのは言うまでもありません。企業活動の場の多くは、リモート環境への切り替えを余儀なくされました。それから約2年が経過しましたが、現在もリモート環境への適応に苦労している企業が散見されます。

一方、SAFeはリモート環境を前提としたプラクティスの提供を早々に始めました。これはもともと、SAFeが海外では多拠点での活用を前提に導入されており、メンバー同士が物理的に離れた状態にある環境での大規模な組織活動や合意形成について、実績があったからこそできたことです。

今回解決する課題

今回解決する課題は、以下の2つです。

  • B-2: DXに適した人材が不足している
  • C-1: 優秀なエンジニアが確保できない、確保できてもすぐ離職してしまう

上記に加えて今回は「リモート環境での大規模な企業活動の最適化」も扱います。

本稿執筆時点(2021年12月)では、一般の方のワクチン接種率は8割に到達し、コロナ後の安定の兆しが見え隠れしています。今後 COVID-19の感染拡大状況がどうなるかはまだわかりませんが、企業活動の多くがオンサイト・リモート環境を併用して行われる状態は継続されることが予想されます。

少し話は変わりますが、「アジャイルソフトウェア開発宣言(Agile Manifest)」を構成する原則の一つに「ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働かなければなりません」とあります。しかしながら近年、これは言葉通り一緒に働くことを必須とするのではなく、メンバー全員で共通認識を持つことを意味するのではないかと有識者の間では議論されています。こういった背景からも、「物理的に距離がある状況において、いかにして共通認識を持つか」が、リモート環境における企業活動の最適化の大きなポイントになると言えるでしょう。

SAFe におけるリモート環境でのプラクティス

最近公開されているSAFe関連の情報では、以下をリモート環境で重視すべきだとされています。

  • リモート環境を効果的にサポートする環境とツールを用意する
  • チームビルディングをより促進し、相互作用を活性化させる活動を起こす
  • 効果的なオンラインミーティングを促進する。特にイベントではプラクティスを活用する
  • タイムゾーンの違いを調整する

それぞれについて、もう少し詳しく見てみましょう。

リモート環境を効果的にサポートする環境とツールを用意する

効果的な作業環境を構築するにあたっては、「インフラストラクチャ」と「ツール」の2つの観点があります。

◆インフラストラクチャ
音声やビデオ通信のための広帯域のネットワークや適切なコンピュータハードウェア、そして、リモート環境でもアクセス可能なストレージなど、オンサイトで仕事をしているときには当たり前のように提供されているものについて、リモート環境でも同様に提供されることが前提になります。特に、適切な帯域のブロードバンドネットワークがない場合には、結果的にコミュニケーション低下を招くこともあるため、注意が必要です。

◆ツール
ツールに関しては、押さえておくべきものとして以下が挙げられています。

  • 素早くアクセス可能なビデオ会議ツール
  • 迅速なコミュニケーションをサポートするメッセージングツール
  • Wikiなどに掲載される、活動上必要になる整理された情報
  • リモート環境においてもアクセス可能な各種KANBANツール
  • 付箋を扱うようなワークショップをリモート環境でも実施できるようにするツール群

チームビルディングをより促進し、相互作用を活性化させる活動を起こす

今後は、面識のないメンバー同士で一からチームビルディングを行うことも起こり得ます。SAFeでは、そうした場合を想定した推奨事項として以下の項目が挙げられています。

◆チームフォーミング
特に新たなメンバーが加わった際には、チーム形成のために、専用の時間を設けることが推奨されています。PI Planningなどが該当しますが、これらを定期的に繰り返し、メンバーが一緒に同じ時間を過ごすことでチームビルディングは強化されます。チームビルディング強化にあたっては、次のような活動も必要です。

  • チーム名を作成し、チームに愛着を持たせる
  • チームのビジョンを定義し、チームの将来性を共有する
  • イテレーションイベントの時間を確保し、アジェンダの合意を得る
  • チームコミュニケーションをサポートするツールを導入する
  • リモート環境で作業をすることへの合意を得て、基本ルールを定義する
  • チームでの「完了」の定義について、共通認識を合わせる
  • レトロスペクティブでは特定のトピックに焦点を当て、コミュニケーションを促進する
  • 一緒に楽しむ

◆メンバーへの情報提供
ビジネス状況などの重要な情報のコミュニケーションは、どれだけやっても多すぎるということはありません。Daily Stand-Upやイテレーションプランニングなどで、常に最新の情報を提供することが求められます。

◆ワーキングアグリーメント
ワーキングアグリーメントとは、チーム活動における行動規範の位置付けです。レトロスペクティブなどにより、メンバー全員によって決定される行動規範になります。リモート環境では、より明文化された行動規範が重視されています。

◆ソーシャルタイムの確保
チームが行うのは、必ずしも仕事に関連した活動だけではないことが重要です。つまり、チームにとって楽しい時間を設けるべき、ということです。ただし、「楽しい」の感覚は人それぞれなので、不快感を与えることがないように留意し、強制参加にならないような工夫が必要です。まずは、日頃の活動にリラックスした会話を組み込むことを検討してみてください。

◆ペアワーク
ぺアワークによって作業にもう1人が入ることで、1人では気づかない改善ポイントを見つけたり、潜在的なエラーや欠陥を認識したりすることができます。また、チームメンバーが一緒に作業する時間も確保されます。これにより、知識の共有、スキルの向上、コラボレーションが促進されます。遠隔地のチームメンバーが経験する孤立感も防ぐことができます。

効果的なオンラインミーティングを促進する

オンラインミーティングの準備・実行について挙げられている項目は、以下の通りです。

◆ミーティングの準備

  • 会議中に利用可能な時間帯と議論の対象となる項目をあらかじめめ定義し、共有する
  • チームが使用するツールやドキュメントを準備し、利用可能にしておく
  • 事前に会議の時間短縮のために、事前作業を共有する
  • 必要に応じて、遠隔地から参加しているかどうかを確認する
  • 会議にファシリテーターが必要かどうかを検討する

◆ミーティングの実行

  • 反復による形骸化を避け、変化を与える:例えば、毎日のスタンドアップでの発言の順番を変えてみましょう。最後に発言した人に、次に発言する人を選んでもらうのも一つの方法です。
  • タイムボックスの管理:オンラインでのコミュニケーションは対面よりも時間がかかるため、タイムボックスを積極的に管理する必要があります。参加者は放送時間の取りすぎに注意する必要があります。
  • 情報を視覚化する:例えば、チームボードの課題番号やスプレッドシートの行を全員が参照していることを確認し、オンラインにいる他の参加者がそれを確認できるようにします。
  • 質問をする:オンラインミーティングでは発言のタイミングがつかみづらく、コミュニケーションが滞りがちです。インスタントメッセージングツールに投稿し、円滑に議論が行えるかどうかを検討します。
  • メモを取る:ミーティングの内容を記録しておきます。
  • 情報をリアルタイムで更新する:情報源をすぐに更新することで、チームのメンバーが会議終了後に情報の更新を待つ必要がなくなります。

タイムゾーンの違いを調整する

時差などでメンバーの作業時間帯に隔たりがある場合には、コミュニケーションのすれ違いが起きないように注意が必要です。

PI Planningを成功させる「6つの観点」

SAFe特有のPI Planningにおいても、リモート環境におけるプラクティスがいくつか共有されています。これらのプラクティスは、大規模開発・会議における全体の統制を取るための工夫と言えます。

  1. 会議場所の計画
  2. PI PlanningのAgenda
  3. PI Planningのファシリティ
  4. PI Planningのワーキングアグリーメント
  5. ツール
  6. ファシリテーション

以下では、特に重要な1~4について補足しておきます。

1. 会議場所の計画

リモートPI Planningでの会議場所の設定には、2つのケースが考えられます。1つ目はチームメンバー全員は同じ場所にいるものの、他チームからは離れている場合です。2つ目は各チームメンバーがそれぞれ独立した異なる場所に分散している場合です。当然のことながら、後者のほうが条件はより複雑です。可能であれば、チームメンバーを一箇所に集めることが望ましいでしょう。全員は難しくても、例えばビジネスオーナー、プロダクトマネージメント、システムアーキテクトなどの重要な役割を持った人を“ホーム”として集合させ、そのほかのメンバーはオンラインで参加するといった工夫をします。

2. PI PlanningのAgenda

リモート環境で会議を行うメリットとして、会議にスムーズに参加できることが挙げられます。PI Planning のAgendaの変更も、リモート環境ならば柔軟に行えます。ただし、会議の最初の説明は全員が参加できるようにすることが必要です。その際、理解度を確認するために、参加者からの質問を受け、回答する時間を確保しておきます。後半では、Agileチームがステークホルダーと対話する時間や、他チームとコラボレートするための時間を手段と共に確保する必要があります。

3. PI Planningのファシリティ

オンラインの場合、周囲の雑音が明確なコミュニケーションを妨げてしまうので、いくつかの“休憩室”を設け、参加者同士が会話できるようにする必要があります。全員が異なる場所からオンラインミーティングに参加する場合は、個別に分かれた空間で議論できる環境を用意することが重要です。

4. PI Planningでのワーキングアグリーメント

PI Planning中のワーキングアグリーメントを作成し、「会議中のルール」を明示します。例えば、次のようなルールが考えられるでしょう。

  • マイクがあるときだけ話すようにする
  • 発言をする場合には、挙手にてサインを示す
  • 一度に一つの会話を行う。個別の会話をしたい場合には、別のミーティングスペースを確保する
  • お互いの意見を尊重し合い、会議を成功させる

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既に皆さんの現場でも導入されている点も多いと思いますが、改めて整理すると、オンサイトとは異なるプラクティスもたくさんあることがおわかりいただけたのではないでしょうか。特に、多数の参加者がいるPI Planningでは、細かい会議設計をすることで、当日のファシリテートを円滑に行い、チームが会議の議題に集中することが可能になります。これらの準備によって、チームはリモート環境においてもタイムボックスを厳守した活動を実現することができるのです。