SAFeはアジャイル開発を基本にしているのでシステム開発の手法だと誤解されがちですが、あくまで実現したいのはビジネスアジリティの向上です。

例えば、既に成功経験のある組織でも、簡単に実現できない即時性のある意思決定を行うために、抜本的な組織改革が必要になることは多々あるでしょう。そうした場合に、SAFeを活用することができるのです。

Scaled Agileが6月3日に開催した「SAFe Day Japan」の事例講演「CAFIS by NTT データ:SAFe適用時におけるリーダシップと組織デザイン」では、NTTデータが展開する決済APIビジネス「Digital CAFIS」において2つのプラットフォームを提供するなかで、どのようにSAFeを活用してきたかについて具体的に語られました。

今回は、その内容を基に、組織変革におけるSAFeの活用についてします。

今回解決する課題

今回解決する課題は、以下の5つです。

  • A-1:優先度の高いビジネスアイデアがあっても、開発の着手までに時間がかかる
  • C-2:顧客/親会社がデジタルに感心を示しても、そのケイパビリティを確保できていない
  • C-3:顧客/親会社の関係者とIT/開発メンバーがフラットな立場で開発を進められていない
  • D-1:DXに適した人材が不足している
  • D-2:優秀なエンジニアが確保できない、確保できてもすぐ離職してしまう

CAFISとは

「CAFIS」は、NTTデータが提供する国内最大規模のキャシュレス決済総合プラットホームであり、さまざまな業態/業務の加盟店と、国内ほぼ全てのクレジットカード会社/金融機関を結び付けています。サービス開始から35年の歴史を持つシステムで、内部は大小100以上のシステムで構成されています。

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CAFISは、20年ほど前から社会全般で起こり始めた段階的な技術革新に合わせつつ成長してきたプラットホームです。2000年頃と言えばインターネット普及期であると同時に、オープンな技術が多数誕生し、メインフレームと混在していた時代でもあります。ビジネスにおいては、とにかくシステム化の実現が優先されていたため、コスト効率が悪いシステムも乱立している状態でした。

2010年頃になるとモバイルデバイスが普及したことも影響し、システムのサイロ化が進みました。CAFISもSOA(Service Oriented Architecture)や仮想化など当時の先端技術を採用して解決を図ったものの、サービス自体の効率性には課題がある状態でした。

そして2018年頃から、消費者や加盟店との接点の変化やデジタル化による社会構造の変化にCAFISも本気で対応する必要性が出てきました。しかし、今ある資産や組織の構造を引きずったままでは対応が難しいという判断により、組織/人材/ビジネスプロセスの変革に取り組み始めることになったのです。

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CAFISの取り組みの変遷

Digital CAFISの取り組み

こうしたことから、決済総合プラットホームとは別の取り組みとして決済APIを提供するビジネス「Digital CAFIS」が開始されました。

Digital CAFISでは2つのプラットホームを基本に変革が進められています。1つは、オープンAPIで構成された決済エコシステムを提供する「Ommi Platform」です。同プラットフォームが提供するエコシステムによって、新しい決済サービスが創出されています。

そしてもう1つが「Digital Platform」です。継続的な価値創出や変化への適応を目的に、商品企画開発からサービス提供、顧客、人材、事業管理までを一気通貫で提供しています。NTTデータでは、これらのプラットホームの提供活動をSAFeを用いて推進しています。

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Digital CAFISが採用する2つのプラットホーム

NTTデータがSAFeの導入に着手したのは2018年のことです。まずは、Scrumチームの導入から始め、1年程度で50人ほどの規模に成長しました。2019年度に入り、組織の拡大を図ると共に本格的にSAFeの導入を開始。2019年7月にトライアルの位置付けで「Go SAFe」として実施し、2019年10月には「Do SAFe」として最初のARTをローンチしました。2021年6月時点で、4ART/300人規模の体制で変革を進めています。

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Digital CAFISでのSAFe適用の軌跡

組織を変えた「リーンアジャイルリーダーシップ」と「組織デザイン」

講演では、登壇したNTTデータ 神保良弘氏から、Digital CAFISの改革を推進した経験に基づき、組織変革において留意している点が共有されました。

リーンアジャイルリーダーシップを定着/拡大させるために意識している点

◆目的意識を持つ

「スタート当初は優秀なメンバーのアサインにより導入は順調だったが、時間の経過共に全体的な目的意識が薄くなった」と神保氏は振り返ります。特に、結果が出始めると手段先行となり目的を見失いがちです。その結果、メンバー間で軋轢が生まれて、優秀なメンバーが離脱することもあったと言います。

「リーダーが定期的にメンバー/パートナーを含め、目的意識を植え付けることで軋轢を減らす取り組みをしています」(神保氏)

◆過去の成功体験を捨てる

過去の成功体験が強すぎると、今までやったことがないことをメンバーに任せたり、サポートしたりするのが難しくなります。しかし、どうしても「失敗させないように」という親心からリーダーが成功体験に基づく指摘/指示をしてしまうことはあるでしょう。結果的に以前のやり方に戻ってしまう場合も多いため、リーダー自身が過去の成功体験を捨てて、新しいやり方を模索する段階が必要になります。

神保氏は「マインドセットの移行は非常に重要であり、長期的に変わっていくには、リーダーとしてやり方が戻らないように常に懐疑的な視点で活動することが必要」だと強調しました。

◆デザイン/テクノロジー/ビジネスの視点のバランス良く保持する

一般的に、バランス良い視点を持つことは重要です。そのため、リーダーは常に先行的/継続的な学習が必要になります。

「特に、素早い意思決定をするために選択肢を常に持ち続け、使いこなせるようにしておくことが望ましいです。また、日頃から選択肢を多く持つことにも重きを置く必要があります」(神保氏)

◆マネジメントは”両利き”で実行する

講演で紹介された事例は特区(★★★)で実施されたものでしたが、特区であっても既存の顧客/母体組織と円滑な連携が必要になります。リーダーは、現在の組織と母体組織に対してバランスを取ってマネジメントをすることが重要です。

神保氏は「この点がベンチャーではない、既に一定の成功を収めている組織が変革を行ったり、デジタル化したりする際のポイント」だと語り、「バランスを取った活動は非常に難しいので、後進となるリーダー層の育成についても今後の課題となっている」と説明しました。

◆対話を大切にする

SAFeでは、PIPlanningの場でビジネス状況やビジョンを伝えますが、それだけでは十分に伝わりません。また、オンライン環境では多様性を許容する状態で活動を行うので、摩擦/衝突が起こりやすくなります。そのため、対面での対話によってメンバーに納得してもらうことが重要です。神保氏は「コロナ禍であっても、頻度は多くなくとも1on1や対面での雑談が重要」だと見解を示しました。

継続的な組織デザインをするにあたり意識している点

◆組織に思想を込める

リーダーは、変化に合わせ、組織や体制などについて考え続けることが必要です。神保氏は、アサインしたメンバーのキャリア志向や成長具合などを意識しつつ、現状の体制の理由や狙いを日々の活動のなかで共有していくことを意識していると言います。

ただし、300人程度の組織になってくると難しい部分もあるとのこと。そのため、今後の課題として「組織に思想(リーダーとしてのメッセージ)を込めて上手く伝えていくこと」を挙げました。

◆システムアーキテクチャと組織デザインをリンクさせる

アーキテクトとして、アプリケーションの構造と組織体制は表裏一体です。デジタル領域の成長モデルに合わせて、構造と組織体制を常に検討し続けることが重要になります。特に保守/運用を考えると、SRE(Site Reliability Engineering)などのシステムの信頼性に特化した横断チームが必要です。

「組織が大きくなれば、セキュリティに特化したSAFeのシェアードサービスも必要です」(神保氏)

◆人材育成やパートナー戦略を再構築する

既存のメンバーへのリスキルは、戦略的に実施する必要があります。神保氏は「クラウドやMSA(Microservices Architecture)などの実装技術もそうだが、SAFe/アジャイルで中心になるロールについては、長期的に育成することを意識している」と説明します。

逆に、機械学習などの技術に特化した人材に対しては、育成よりもベンチャー企業との協調などにより、即時的に対応していくことも検討することが必要です。新入社員などの育成に対しては、学べる環境を提供して自立的に学ぶ風土を作るといった工夫も求められるでしょう。

「チーム内に上下関係があると、上司の意見を待って意思決定を行うようになるので、スキルの平準化や上下関係を持ち込まないようにするといったことを意識しています。パートナー企業にも、長期的に学び続けられるような風土を作っていくことも重要です」(神保氏)

◆組織的な”負債”を返済していく

組織の体制が拡大傾向にある場合、定期的に組織のリファクタリングをする必要が出てきます。例えば、メンバーのスキル差もありますが、チームでの経験の長さによる知見の格差も課題になります。神保氏は「最適な組織設計と人数で構成していけるように、継続的な検討が必要」だとアドバイスしました。

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講演の後半では、組織変革においてSAFeを適用する上でリーダーが意識すべき具体的なポイントが示されました。アジャイルでは「サーバントリーダシップ」と言いますが、これを現場に意思決定を任せきりにし、リーダーは意思決定に関与しないことだと誤解している方もまれにいます。しかし、リーダーは、最新かつ幅広い技術的な知見を持ちつつも、直接的に意見を言うのではなく”方向付け”を行う存在です。

本稿をお読みになり、これからの時代に対応していくために組織変革を行う上で、リーダーには今まで以上に難易度の高いリーダーシップが求められることがご理解いただけたのではないでしょうか。