5月27日、千葉市幕張海浜公園で開催されたレッドブルエアレース千葉大会本戦。大会3連覇を期待され、過去最大の注目を集めていたはずの室屋義秀選手は1回戦のラウンド・オブ14で敗退。地元日本で最下位の14位という、残念な結果に終わった。なぜこんなことになってしまったのだろうか。

  • 室屋選手

    (c)Akira Uekawa

直前の尾翼変更と「マットの好タイム」

予選まで新尾翼で飛んできた室屋選手にとって、旧尾翼で飛ぶ本戦はぶっつけ本番となる。飛行前の朝、「何年も飛んでいますから問題ないです。むしろ簡単になるので」と説明していた。1回戦ラウンド・オブ14の対決はマット・ホール選手(年間ランキング2位)と室屋選手(同3位)。両方が順当に良いタイムを出せば、負けても敗者中最速タイムの「ファステストルーザー」となり、8人目の勝ち抜き者になる可能性が高い。

  • 本戦の朝の様子

    本戦当日の朝、いつものクールな口調で記者の取材を受けた室屋選手。「これだけ三連覇と言われれば意識しない方が無理」と、本音ものぞかせた (c)Akira Uekawa

  • 室屋選手の後ろでは尾翼交換のため、夜を徹した機体調整が終わっていなかった

    室屋選手の後ろでは尾翼交換のため、夜を徹した機体調整が終わっていなかった (c)大貫剛

各選手がおおむね56秒台の中で、室屋選手の前に飛んだホール選手は55.529秒の最速タイムを記録した。室屋選手は「追いつくために相当攻めていく必要がある。自分のコンディションも機体の調子も良かったので、楽しくなってきたというか、こりゃ面白くなってきたぞと思いながらスタートした。ファステストルーザーを狙う気持ではなかったですね」と振り返る。

  • 「ヨシー!ヨシー!」とおどけて乱入したホール選手

    「ヨシー!ヨシー!」とおどけて乱入したホール選手。室屋選手の緊張をほぐそうとしているようにも見えた (c)大貫剛

  • 先攻のホール選手は最高のタイムでゴール

    先攻のホール選手は最高のタイムでゴール。親友の快挙に、室屋選手は自分も同様のタイムを出したいと意気込んだ (c)Akira Uekawa

結果としてスタートからわずか数秒後、垂直ターンに入ったとたんにオーバーGで失格を宣告される。「ほんの紙一重の操作で、昇降舵の角度にして0.2、3度ぐらい違う(操作量が大きい)ぐらいで、オーバーGはしない程度の操作だったデータが残っているんですけれど、(結果として)オーバーGだったのは事実」(室屋選手)

  • 会場左手から進入して、右端のゲートから宙返りに入った瞬間

    会場左手から進入して、右端のゲートから宙返りに入った瞬間。室屋選手の操縦は「紙一重」の操作でオーバーGの失格を呼び込んでしまった (c)Akira Uekawa

  • 悔しさをにじませる室屋選手

    「オーバーGはしない程度の操作のはずだったが、してしまったのが事実」と悔しさをにじませる室屋選手 (c)Akira Uekawa

結果論で言えば「操縦桿の引きすぎ」だ。また操作量に対して機体がどう反応するかは風速などさまざまな要素があり、引きすぎにならないギリギリで操作するのが勝つためのテクニック。もちろん、そのことを日本で最もよく知るエキスパートは室屋選手である。

  • 昨年の千葉戦後の室屋選手

    昨年の千葉戦後「楽しくなって遊んでしまう自分を制御するのが目標」と語った室屋選手。以後はそれを実証して見せたのだが (c)大貫剛

「ここ一発タイムを出したい」 - 久しぶりの悪癖

千葉大会で2年連続優勝し、2017年のワールドチャンピオンとして凱旋した室屋選手の痛恨のミス。いったい何が起きたのかと考えるとき、筆者はちょうど1年前のインタビューを思い出さずにはいられなかった。

参考:「【レッドブル・エアレース2017千葉大会】ダブル連覇! - 室屋選手が語った勝利の鍵」

「ここ一発、突っ込んでいけばタイムを上げられるところはたくさんあるけれど、一か八かの確率でパイロンヒットするようなことはやらないということですね。昨年(2016年)の優勝のあと勝てなかったのは、ここ一発タイムを出したいとか、つい遊んでしまうような方向に突っ走って楽しんでしまった。それを制御して克服するというのが大きな目標です」

今年の大会後の話は、まさに昨年のインタビューで「克服するべき目標」と明言していた「楽しくなってつい遊んでしまい、ここ一発突っ込んでタイムを詰めようとする」ということをやってしまったように聞こえる。室屋選手が自覚している悪癖が、まさにこの千葉で出てしまったのだ。

熱すぎる注目、「楽しくなってしまった」心理は

なぜ、よりによって地元千葉戦で、室屋選手は「やってしまった」のだろうか。まずは2016年、2017年の連続優勝から自動的に期待されてしまう、千葉戦三連覇。室屋選手は「重要なのは年間チャンピオンであって、千葉での優勝は重視していない」と語ったが、同時に「これだけ言われれば意識しない方が無理」とも漏らしている。ただ、プレッシャーが原因かとの質問には「それはないですね」と、むしろリラックスしていたことを強調した。

  • 千葉大会名物、ファンとの交流
  • 千葉大会名物、ファンとの交流
  • 千葉大会名物、ファンとの交流
  • 千葉大会名物、ファンとの交流
  • 千葉大会名物、ファンとの交流。どの選手も「千葉はすごい、大勢のファンが日本人以外の選手のこともよく知っていて、暖かく応援してくれる」と絶賛する (c)大貫剛

一方、レッドブルエアレースの中で千葉戦の特殊な点に「熱さ」がある。日本のファンや報道陣の数や熱気の凄さは、各選手や大会運営スタッフも口をそろえる。

ここからは筆者の想像になる。たった一人で小さなコックピットに入った室屋選手のセルフコントロールを乱したものがあるとすれば、それはプレッシャーではなく開放感ではないだろうか。レースコースは14人の選手だけのものだ。そして友人であるホール選手の快記録。愛機は飛び慣れた従来型の尾翼。結果、「楽しくなってきた」という気持ちが、紙一重の「攻めすぎ」となってしまった。

注目を力を変えて、目指すはワールドチャンピオン2連覇

前年度チャンピオンのプレッシャーを乗り越えて好調スタートを切った室屋選手にとっても、スーパースターとしてこれほど注目を受けることはさらに大きな壁だったのかもしれない。しかし室屋選手は「メディアの力なければモータースポーツは広がらないですから、こういう状況も含めて背負っていくのがプロだと思っています。注目を力に変えて、チームの底力を蓄えていきたい」と、それすらも乗り越える決意を示した。

  • スーパースターとして注目を集める室屋選手
  • スーパースターとして注目を集める室屋選手
  • 一方で、室屋選手には他の13選手を合わせたほどの人気が集中するのも事実。数万人の観客の期待を一身に背負うスーパースターだ (c)大貫剛

レッドブルエアレース・ワールドチャンピオンシップはまだ8戦中3戦が終わったばかり。首位とのポイント差は19点と開いたものの、室屋選手の順位は3位だ。

  • 笑顔を見せた室屋選手

    「まだまだ続くので応援してください」と笑顔を見せた室屋選手 (c)Akira Uekawa

「皆さん(メディア)は千葉が終わると終わっちゃったような感じになるんですけどね(笑)。まだまだ続きますので最後まで応援していただければ、力になります」

  • 第4戦はブタペストで開催

    昨年のブダペスト戦では、室屋選手はファイナル4に進出し3位。今年も6月23日、24日に開催される (c)Red Bull Content Pool