5月27日、千葉市の幕張海浜公園で開催されたレッドブルエアレース千葉大会本戦で、室屋義秀選手は1回戦にあたる「ラウンド・オブ14」で敗退。優勝は前回カンヌ大会に続いてマット・ホール選手(オーストラリア)で、年間ランキングはホール選手が36ポイントとなって首位のマイケル・グーリアン選手(アメリカ)に追いつき同点首位に。室屋選手は年間ランキングは3位のままだが19ポイントと差を離された。

直前決定、尾翼交換作業は朝まで

まさかの結果となってしまった千葉大会。その様子を朝から順に振り返ってみよう。

前回記事で解説したように、室屋選手は今回の大会から導入していた小型の垂直尾翼の使用を予選までで取りやめ、本戦から従来のものに戻していた。この作業は夜を徹して行われたようで、本戦当日の朝になっても調整作業が続いていた。

  • 本戦前の朝になっても室屋機は胴体のカバーが外された状態
  • 本戦前の朝になっても室屋機は胴体のカバーが外された状態
  • 本戦前の朝になっても室屋機は胴体のカバーが外された状態で、尾翼付近の調整作業が続けられていた (c)大貫剛

一方、ラウンド・オブ14で対決するホール選手は室屋選手と同期の盟友で、前回カンヌ戦で優勝してランキング2位。3位の室屋選手と実力伯仲の組み合わせだが、実はラウンド・オブ14の敗者になっても7組中「最速の敗者」であれば2回戦のラウンド・オブ8に復活できる。室屋選手のインタビューに乱入したホール選手は「勝者と『最速の敗者』になって勝ち抜こう」と笑顔を見せた。

  • 室屋選手のインタビュー中、格納庫に乱入したホール選手
  • 室屋選手のインタビュー中、格納庫に乱入したホール選手
  • 室屋選手のインタビュー中、格納庫に乱入したホール選手。2人揃って勝ち抜くことを確信していたが… (c)大貫剛

  • 3機編隊でのデモンストレーション

    競技開始前にはレッドブルエアレース史上初となる、3機編隊でのデモンストレーションが行われた。上からペトル・コプシュタイン選手(チェコ)、室屋選手、マルティン・ソンカ選手(チェコ) (c)Akira Uekawa

  • 競技の合間にはさまざまなデモンストレーションが行われた
  • 競技の合間にはさまざまなデモンストレーションが行われた
  • 競技の合間にはさまざまなデモンストレーションが行われ、観客を楽しませた (c)Akira Uekawa

12Gオーバー! まさかのルール違反で失格

そして迎えたラウンド・オブ14。3組目までは56~57秒台の記録が出ていたが、4組目先攻のホール選手は55.529秒と、この日の最速記録を叩き出す。ホール選手を室屋選手の良きライバルと知っている、幕張海浜公園の砂浜に集まった観客からは大歓声が上がった。

  • 55.529秒で1本目を飛び切ったホール選手

    55.529秒で1本目を飛び切ったホール選手 (c)Akira Uekawa

そして後攻の室屋選手。会場左手から進入してスタートを切り、右端で垂直上昇から宙返り、降下して次のパイロンへ…とレースを開始したばかりの室屋選手は突然、コースを離れて急上昇。会場内の大画面は無情にも「最大加速度オーバー」を告げていた。

  • 1年ぶりの千葉大会

    1年ぶりの千葉大会へ詰め掛けた観客が待ち構える会場へ、左手から進入した室屋選手 (c)大貫剛

垂直上昇へと急激に機首を引き起こすとき、機体には大きな力が加わる。それが引力の12倍、12Gを一瞬でも超えると失格となるルールなのだが、室屋選手の機体に取り付けられていたセンサーは何と12.41Gを記録していた。それを見たレースコントロールは即座に飛行中止とコースからの離脱を指示したのだった。

  • スタートゲートを通過
  • 最初の宙返りを開始した瞬間に、12.41Gを記録
  • スタートゲートを通過、最初の宙返りを開始した瞬間に、12.41Gを記録していた (c)Akira Uekawa/(c)大貫剛

この結果、室屋選手は「最速の敗者」となる可能性もなくなり、ラウンド・オブ14敗退が確定してしまった。しかも失格は室屋選手のみだったため、千葉大会での順位もまさかの最下位となってしまったのである。室屋選手を破ったホール選手は、続くラウンド・オブ8でもファン・ベラルデ選手(スペイン)を破り、決勝のファイナル4に進出した。

  • 次のパイロンを飛び越えるように機体を上昇させた室屋選手

    次のパイロンを飛び越えるように機体を上昇させた室屋選手 (c)Akira Uekawa

  • わずか数秒で、室屋選手の千葉は無情にも打ち切られた

    わずか数秒で、室屋選手の千葉は無情にも打ち切られた (c)大貫剛

今年も強風のファイナル4、制したのはホール選手

昨年のファイナル4では室屋選手が最初に好記録で飛んだあと、強風の中で他選手がミスを連発し、室屋選手が逃げ切る形で優勝したのだが、今回はまるでそれをリプレイするようなレースとなった。

  • ランキング1位、予選も1位で通過したグーリアン選手
  • ランキング1位、予選も1位で通過したグーリアン選手
  • ランキング1位、予選も1位で通過したグーリアン選手、確実なフライトで後続にプレッシャーを掛けた (c)Akira Uekawa

最初に飛んだのは、初戦アブダビ戦で優勝しランキング1位のマイケル・グーリアン選手(アメリカ)。記録は56.695秒で、それまでの各選手の記録と比べて決して早くはないが、風が強まってきた状況では充分にプレッシャーを掛けられる。実際、続くマルティン・ソンカ選手(チェコ)とピート・マクロード選手(カナダ)は急旋回後のゲート7で、機体を水平にして通過できない「インコレクト・レベル」というまったく同じペナルティを受けて2秒を加算、グーリアン選手の記録に届かなかった。

  • 2大会連続で機体トラブルによる失格に見舞われていたソンカ選手
  • 2大会連続で機体トラブルによる失格に見舞われていたソンカ選手
  • 2大会連続で機体トラブルによる失格に見舞われていたソンカ選手、ペナルティを受けるも3位入賞で「三度目の正直」 (c)Akira Uekawa

  • 良いタイムを連発していたマクロード選手
  • 良いタイムを連発していたマクロード選手
  • 良いタイムを連発していたマクロード選手だったがペナルティを受け、惜しくも4位で表彰台を逃した (c)Akira Uekawa

そして最後に飛んだホール選手。強風とプレッシャーの中、2回目の宙返りまでミスなくこなし、最後のゴールゲートの直線飛行では「早く着け!」と願いながら飛んだという。記録はグーリアン選手より0.3秒早い56.376秒を叩き出し、見事2大会連続優勝を決めた。なおソンカ選手は今年2大会連続の機体トラブルという不運から抜け出し、3位に入賞した。

  • 最後のフライトでグーリアン選手を破ったホール選手
  • 最後のフライトでグーリアン選手を破ったホール選手
  • 最後のフライトでグーリアン選手を破ったホール選手
  • 最後のフライトでグーリアン選手を破ったホール選手。「ゴール直後にコックピットで自分の優勝を聞いたのは初めてだよ」と笑った (c)Akira Uekawa

敗北から学ぶことが、勝利につながる

昨年は優勝がなく年間ランキングも6位だったホール選手だが、今年は3戦目で2回の優勝となった。

「皆さんにはパイロットしか見えていないかもしれないが、レッドブルエアレースはチームスポーツだ。チームの全員がそれぞれの仕事に取り組み、自分はパイロットの仕事に専念することで良い結果を出せた。負けることから学ぶことは多く、それが勝利につながる。負けることを怖がらず、攻めの姿勢を続けていけば良い結果が得られると考えている」と語ったホール選手。それは自身の経験でもあり、同時に室屋選手へのエールでもあったろう。

  • カンヌから2大会連続優勝のホール選手

    カンヌから2大会連続優勝のホール選手は「愛する日本で優勝できてうれしいよ」と笑顔 (c)Akira Uekawa

  • 快進撃を続けるグーリアン選手

    アブダビでの9年ぶりの優勝以来、快進撃を続けるグーリアン選手は千葉でも2位 (c)Akira Uekawa

ホール選手はこれまでランキング首位だったグーリアン選手に追いつき、同点首位に。また3位のソンカ選手はランキング5位から室屋選手に追いつき、同点3位となった。

  • 不運続きだったソンカ選手

    不運続きだったソンカ選手、千葉での3位でようやく笑顔が戻った (c)Akira Uekawa

  • 千葉の表彰台に立った3人の選手

    千葉の表彰台に立った3人の選手は、同時に年間ランキングのトップ3にもなった (c)Akira Uekawa

そして、地元日本・千葉での2年連続優勝から一転、まさかの最下位となった室屋選手は厳しい表情で記者会見に現れた。室屋選手に何が起きたのか? 詳しい解説について、別の記事にて改めてお届けしたいと思っている。

  • 厳しい表情で質問に答えた室屋選手

    勝利者インタビューとは別に、厳しい表情で質問に答えた室屋選手。いったい何が起きたのか (c)Akira Uekawa