(2)デバッグ用途の拡大(トリガは、"波形を止める"から"特定波形の抽出"へ)
10数年程前までは、シンプルなエッジ・トリガしかなく、複雑な波形群の中に埋もれた特定の波形にトリガをかけることは困難でした。オシロスコープは当初からデバッグ用途(製品に生じた不具合の原因追求)に使われていましたが、複雑さを増した製品設計において、シンプルなエッジ・トリガしかないことが大きなネックとなって、デバッグは困難なものとなっていました。
製品を早く市場に投入するには、デバッグの効率化が必須です。 デバッグ効率化にはキーとなる以下の3つのステップがあります。
- 異常波形の有・無を目で見る(画面1)
- 異常波形にトリガをかけ、画面中央に静止させる(画面2)
- トリガ点の左側(過去の時間)から異常波形発生の原因を探す」(画面3)
"2"の要求に応えるため拡張トリガと呼ばれる種々のトリガが生まれ、特定の波形に簡単にトリガがかかるようになりました。この拡張トリガによりオシロスコープのデバッグ力が向上し、波形の観測用途のみならず、不具合のデバッグ用途がオシロスコープの用途として大きな比率を占めるようになりました。
こうした異常波形にトリガがかかり、異常波形を画面の真ん中に表示できれば、その原因究明を開始することができます。なぜならば、時間的に古い時点に原因があり、そこから時間が経過した時点で異常波形が生じる訳ですので、画面の中央から左側(時間的に過去の部分)に、異常を引き起こす原因がひそんでいることになるからです。表示する時間幅を長くしたり、怪しいとにらんだ別波形を別チャンネルに表示し同時観測することにより、デバッグを進めていくことができます。
(3)パルス幅トリガ
拡張トリガの中でも、このパルス幅トリガは頻繁に使われます。デジタル・データのビット・ストリーム内において、パルス幅が想定外の変化(異常)をした時にトリガをかけ、画面を静止することができます。
<使用例>:クロックやデータのパルス幅を元に、トリガ条件を「<パルス幅」とすれば、ごく幅の狭いパルス(グリッチ)にトリガがかかるかもしれません(画面4)。 この場合、「近接信号が漏れ込んだクロストーク」や、「メタ・ステーブル状態の発生」が疑われます。クロストークやメタ・ステーブルはごく幅の狭い異常パルスとしてデジタル・データの中に紛れ込み、装置に深刻なエラーを生じさせます。
(4)ラント・トリガ
非同期信号をフリップ・フロップで同期化するような時、発生しがちなメタ・ステーブル状態では、パルス振幅が想定外の変化(異常)をすることがあります。ラント・トリガは、これにトリガをかけ、画面を静止することができます。
<使用例>:デジタル信号のHI-LOを決めるスレショルド・レベル近辺に、上下幅を持たせたトリガ条件を設定すれば、振幅の小さな異常波形にトリガかかるかもしれません(画面5)。この場合、「メタ・ステーブル状態の発生」が疑われます。メタ・ステーブルは振幅の足りない異常パルスとしてデジタル・データの中に紛れ込み、装置に深刻なエラーを生じさせます
(5)ロジック・トリガ
デジタル信号で構成されたロジック回路の論理により、トリガをかけることができます。論理を構成するロジック回路を複数のチャンネルに接続しておき、チャンネル間においてAND、NAND、OR、NORなどの論理が成立したとき、トリガがかかります。接続できるチャンネル数は、簡易なロジック・アナライザ機能を内包するオシロスコープ(MSOと呼ばれる)においては、20チャンネル程(16チャンネルのデジタル入力部と4チャンネルのアナログ入力部を持つ場合)にもなります。
<使用例>:多くのオシロスコープの場合、論理の成立する時間幅もトリガ条件に設定できますので、グリッチの発生を多チャンネルに渡り監視することもできます。どのチャンネルにおいてグリッチが起きるかが分からない場合、複数のチャンネルに信号をつなぎ、ORを選ぶことにより、多チャンネルを同時に(効率的に)監視し、異常波形の発生を捕らえることができます。
著者
稲垣 正一郎(いながき・しょういちろう)
日本テクトロニクス テクニカルサポートセンター センター長