今回は差動プローブについて述べていきます。差動プローブを使いこなすには熟練した技術が必要です。くれぐれも静電気などで壊さないよう、慎重に扱ってください。

差動信号が主流

USBやEthernet、SATAからPCI-Expressまで、今日の多くの信号は、数々のメリットを有する「バランス伝送」と呼ばれる方式で伝送されます。バランス伝送にはペアとなったワイヤが使われており、そこを極性が互いに反転した差動信号(図1)が流れます。

図1:差動信号(電圧) - グラウンド基準の2つの信号(電圧)から成る信号

この差動信号は、既述のアクティブプローブ(本連載第4回目を参照)を使ってプロービングできますが、いくつかの困難が伴います。アクティブプローブはグラウンドを基準に信号を測定するプローブなので、2本の信号線を流れる2つの信号をプロービングするためには、2本のアクティブプローブが必要です。オシロスコープのチャネルも2つ占有します。2本のプローブからの信号は、オシロスコープ機能(MATH)の引き算(正側シングルエンド電圧-負側シングルエンド電圧)により、ひとつの差動信号波形に合成しなくてはなりません(図2)。

図2:2本のプローブにより差動信号が求められる

この引き算においてプローブに特性差があれば、その波形は正しく表示されません。特に高い周波数においては2本のプローブの特性に差が生じやすく、波形品質が劣化しがちです。

差動信号に最適なプローブ

差動信号のプロービングに最適なプローブは「差動プローブ」と呼ばれるプローブです。これは、特性のぴったり揃った2本のアクティブプローブをひとつにまとめたものです。入力部分はプラス入力端子とマイナス入力端子があり、直近に差動素子が置かれています。両入力端子は正側シングルエンド電圧と負側シングルエンド電圧に接続します(図3)。

図3:差動プローブのイメージ - 1本のプローブで直接、差動信号(電圧)を測定できる

差動プローブを使用すれば、オシロスコープのチャネルもひとつ使用するだけで済みます(これらの入力端子に加え、プローブ先端にグラウンド端子を装備した差動プローブもある)。

差動動作電圧と対地動作電圧を知らないと……失敗!!

プローブ先端の2入力間に加えることのできる作動電圧(差動動作電圧)のみならず、差動プローブの一方の入力とグラウンド間に加えることのできる電圧にも制限があります。これを差動プローブの規格では「対地動作電圧」(コモンモード電圧やコモンモード入力電圧とも呼ばれたこともある)と呼びます。差動動作電圧±8.5V、対地動作電圧±7Vという規格を持つ差動プローブを例にとって、加えることのできる波形例を描いてみました(図4)。どの波形も±7Vという対地動作電圧を超えていないことに注目してください。

図4(a):差動プローブに加えることのできる波形の例 - 青色が正側シングルエンド波形、赤色が負側シングルエンド波形。差動動作電圧±8.5V、対地動作電圧±7Vという規格を持つ差動プローブの例

図4(b):オシロスコープに表示される波形

グラウンドからの電圧で壊れるぞ!! - 過大対地電圧で失敗

多くの場合、プローブ先端のグラウンド端子を接続しなくても差動プローブは動作するので、ある落し穴にはまりがちです。それはプラスとマイナス間の電圧(差動電圧)のみに気を取られて、グラウンドからの電圧(対地電圧)をチェックしない場合に起こります。対地電圧がプローブの対地動作電圧を超えてしまうのです。対地動作電圧を超えた波形は歪み始め、やがて差動プローブが壊れます。 図5は対地電圧が7Vを超えたとき、差動プローブ波形が歪んでいく実例です。差動プローブは過大な対地電圧に弱く、15Vを超えると壊れるものも多くあります。

図5:差動プローブの波形が歪む例

グラウンド接続による失敗

被測定回路がアースに接続されていない(フローティング)状態では、対地電圧は複雑になります。被測定回路の発生する電圧に、被測定回路のもつフローティング電位が加わります。この電位が加算されたり、減算されたりするからです。これらの合算波形がプローブの対地動作電圧を超えるか超えないかによって波形品質が変動します。均一だった波形(図6)の品質が、電源周波数に同期したフローティング電位により悪化と軽減を繰返す例を図7に示します。

図6:波形品質が均一な波形の例 - プローブの先端のグラウンド端子を接続した場合、または被測定回路がフローディングしていない場合、どの三角波も均一に歪んでいる(比較のため、規格をわずかに超えた対地電圧を故意に印加している)

図7:電源周波数に同期したフローティング電位により悪化と軽減を繰返す例 - 被測定回路がフローティングしている場合、被測定回路とアース間のフローティング電位が、被測定回路自体が発生する電圧に加算・減算される。したがって、三角波の歪みは一定ではなくなる。ある部分では対地動作電圧を大きく超え、歪みが悪化したり、またある部分では対地動作電位内に収まり、歪みが好転したりする

このフローティング電位の影響から逃れる方法は、被測定回路のフローティングを止めることです。プローブ先端のグラウンド端子を被測定回路に接続すれば、被測定回路は接地されフローティングではなくなるので、電位はゼロになります。しかし、先端にグラウンド端子を装備していない差動プローブもあり、フローティングを止めるわけにいかない被測定回路もあります。その場合は、対地電圧(被測定回路の発生する電圧+被測定回路の持つフローティング電位)がプローブの対地動作電圧を超えていないことを確認してください(フローティング電位は、プローブのグラウンドを対地にプローブの先端を対象点に繋げば簡単に測れる)。差動プローブは十数ボルトの電圧で壊れるものも多くあります。この程度のフローティング電位は、あらゆるところに存在します。「大きな差動電圧を測っていないのに、いつの間にか差動プローブが壊れる」という場合は、このフローティング電位が原因かもしれません。

差動動作電圧に注意

差動プローブは、プラス端子とマイナス端子間に印加できる電圧(差動動作電圧)にも限界があります。この電圧を超えた場合も波形は歪み始め、やがて壊れます(図8)。

図8:差動動作電圧を超えると波形が歪み、やがて壊れる

静電気で壊れるぞ!!

差動素子にほぼ直結された構造のため、差動プローブは大きな入力電圧が苦手です。"パチッ"と放電音のする静電気などが印加されるとひとたまりもありません。十数ボルト程度の放電音のしない放電によっても簡単に壊れます。「大きな電圧を測っていないのに、いつの間にか差動プローブが壊れる」という場合は、音のしない放電が原因の可能性があります。静電気対策用リストバンドを着用するのは当然ですが、これだけでは万全ではありません。リストバンドもケーブルに溜まった静電気やボードの一部に溜まる静電気に対しては役に立ちません。測定点の静電気を放電した後、プロービングする必要があります。

先端に抵抗器をつけて改善

実際のプロービングにおいては、被測定点が狭い場所にあり差動プローブ先端を触れさせることができないこともあります。この場合、差動プローブの先端をケーブルで延長して被測定点につなぐ方法が使われます(写真1)。

写真1:差動プローブの先端をケーブルで延長して被測定点につなぐ方法

しかし、本連載第4回目でも述べたように、先端を延長することはLC共振を生み、波形品質を劣化させることを知っておかなければなりません。そこで先端に20~60Ωの抵抗器を取付けてLC共振をダンプする手法が有効です。図9のように、大きなリンギングがある灰色の波形に比べ、抵抗入り延長リードを使った青色の波形は大きな改善が見られます。

図9:抵抗入り延長リードを使用すると改善する

しかし、抵抗入り延長リードを使った差動プローブが理想かというとこれも違います。最も波形特性に優れた方法は、先端部のみを延長させたような方式の差動プローブを使うことです(写真2)。

写真2:先端部のみを延長させたような方式の差動プローブの例

受動素子によるアッテネータネットワーク部がプローブ本体から分離されており、狭い測定点にもアクセスできます。この手の差動プローブは非常に性能が高く(例えば周波数帯域が4GHz以上)、パルス特性もリンギングのほとんどない最高の特性を示します。

図10は抵抗入り延長リードを使った差動プローブと比較した波形です。先端が延長された方式の差動プローブはほとんどオーバーシュートのない理想的な特性をしています。

図10:抵抗入り延長リードを使った差動プローブと先端が延長された方式の差動プローブとの比較

差動プローブは万能

差動プローブは差動信号も測れるうえに、グラウンド基準の信号(シングルエンド信号)も測れます。使い方は簡単で、プラス入力端子をシグナルに、マイナス入力端子をグラウンドに接続するだけです。振幅が2倍になるでもなく、特別に意識することなくアクティブプローブのように使えます。欠点はアクティブプローブより高価であること、「抵抗なし延長リード」を使うと大きなリンギングが出ることです。

差動プローブにだまされるな!!

差動プローブを使ってシングルエンド信号を観測している場合、プローブのマイナス入力端子が測定点に接続されていないのに、正しいような波形を示すことがあります。マイナス側が外れてオープン状態になっても、オシロスコープと被測定回路の間は共通グラウンドによって繋がれています。少々長いグラウンド経路ですが、プラス入力端子とこのグラウンドによりシングルエンド測定ができてしまいます。少し遅い信号を観測する場合は、大きく波打つ波形形状によりこの異常にすぐ気付くのですが、図11のように高速の信号を観測する場合にはだまされてしまいます。

図11:差動プローブにだまされるな!!

高速の信号をプロービングする場合、プローブの入力端子が2つとも確実に接触していることを確認してください。とはいえ手動で2つの入力端子を均等に接触させることは簡単ではありません。もっともよい方法は「プロービングアーム」(写真3)と呼ばれるプローブ保持装置を使うことです。プラス側入力端子とマイナス側入力端子を均等な圧力で測定点に接触させることができます。

写真3:プロービングアーム

差動プローブを使えるのはエキスパートだけ

差動プローブは安価ではありません。差動電圧と対地電圧がプローブの規格を超えていないか注意を払うのに加え、静電気を防ぐ方法を常に取らなければなりません。それらの注意を払えるエンジニアだけが、差動プローブの優れた性能を享受する権利があるのです。これらの煩わしさを加味したとしても、差動プローブは大いに価値あるプローブです。その高い性能は積年の問題を解決し、大きな利点を技術者にもたらすことができます。

次回は高電圧プローブについて解説します。お楽しみに。

※ 本連載記事は、毎週火曜日と金曜日に掲載いたします。

著者
稲垣 正一郎(いながき・しょういちろう)
日本テクトロニクス テクニカルサポートセンター センター長