これまで本誌では大分県、佐賀県など、さまざまな自治体が進めるDX(デジタルトランスフォーメーション)についてお伝えしてきた。新潟県は「暮らし」「産業」「行政」という3つの柱の下、DXに取り組んでいる。
本連載では、米どころならではの「農業DX」など、新潟県が推し進めるDXに迫る。初回となる今回は、新潟県 知事政策局 ICT推進課 政策企画員(取材当時)古田雅樹氏に、新潟県が進めるDXの全貌や「行政DX」の成果について伺った。
「暮らし」「産業」「行政」のDXを推進
新潟県は2019年、デジタルガバメントの構築を目指し「ICT推進プラン」を策定、2021年には「デジタル改革の実行方針」が出された。この方針は毎年改定されており、直近では今年2月に改訂された。
デジタル改革の実行方針には、「暮らし」「産業」「行政」の分野における対応方針が記載されている。「暮らし」におけるDXでは、市町村・民間と連携しながら、公的サービスを変革する。「産業におけるDX」では、県内産業のDXを促進し、県内産業が抱える課題を解決しつつ、より付加価値の高い産業構造に転換することを目指す。「行政におけるDX」では、県民目線の行政サービスの変革と県職員の働き方の改革を進める。
古田氏によると、行政のDXは複数の部局が関わるため、横串を通す形で進められているという。同氏は「県の環境整備やネットワーク体系の移行など、県内の自治体に先駆けた取組を行っているので、市町村のDXにも役立てるようにしたい」と語る。
DXの体制としては、デジタル改革実行本部があり、その事務局をICT推進課が担当している。そして、所属長が課題に応じて選定したDX推進員が350名いる。DX推進員は研修を受けてもらった後、取り組みを進めているそうだ。ちなみに、課題は部署によってまちまちとのこと。
約9割の行政サービスの処理件数をオンラインで実現
それでは、行政サービスの変革に関する取り組みから紹介しよう。多くの自治体と同様、新潟県でも新型コロナウイルス感染症への対応において、行政分野におけるデジタル化の遅れが明らかになり、従来の方針を前倒しして検討を進めるとともに、新システムを構築することになった。
初めに、「行政手続オンライン化構想」に沿って、令和4年度より処理件数が多い手続から段階的に申請から交付まで行政手続をオンラインで行えるようにする取り組みが始まった。
「電子申請システムが古かったので、電子収納ができませんでした。そこで、新電子申請システムを構築し、電子納付や電子署名等の機能拡充を行いました」と古田氏。
行政手続がオンラインでできるようになれば、24時間365日手続きが可能になり、交通費や郵送費も不要だ。また、手書きの書類で申請する際は、記入や押印の漏れを窓口で確認する必要があるが、オンラインなら申請画面で入力漏れを防止できるうえ、重複する情報は一度入力すればよく、処理の効率化でスピードアップも実現できる。
さらに、非接触と非対面で手続が行えるので、窓口の混雑を緩和し、病気の感染リスクも低減できる。
県単独で変更できる4,608の手続、処理件数約171万件のうち、令和6年3月末の時点で3,535件の手続(76.7%)、処理件数約152万件(89.0%)がオンライン化済みで、令和7年度末までに原則としてすべてのオンライン化を目指すという。オンライン化に対応していない手続の半数程度は年間の処理件数がゼロとのことで、それを考えると、オンライン化に対応した手続の割合はもっと高いといえそうだ。
「まずはやる、どんなやり方でもやる」という強い意志で遂行
これまで、県民を対象に進めてきた紙ベースの行政サービスをオンライン化することは簡単ではないだろう。そこでの苦労はなかったのだろうか。
取り組みを始めた当初、庁内は「どうやってやるんだ? 無理じゃないか?」といった雰囲気だったと古田氏は振り返る。どんな組織体でも、新しいことをやろうとすると、戸惑いのほうが先に来るものだ。
しかし、「『デジタル改革実行本部ができたので、まずはやるんだ。どんなやり方でも、メールを受け付けるだけでもやる』と強い意志を持って臨みました」と古田氏。これまでさまざまな企業や自治体のDXについて取材してきたが、主体組織が成功している事例に共通しているのが「何が何でもやる」というマインドを持っていることだ。
とはいえ、オンライン化に取り組む中でそれほど反発はなく、難しい手続きのみ残ったという。
なお、苦労した点について、古田氏は「現状を把握することが難しかったです。把握できないと、どこに働きかけたらいいかわかりません。また、モチベーションを維持し続けなければいけない点も難しいですね。オンライン化によってもっとラクになるはずということで鼓舞しています」と話す。
「これまでは門戸を開くことに注力していましたが、今は利用率を伸ばすことに力を入れています。北欧では7割の手続がオンライン申請といわれており、世界トップに並ぶことを目標としています。そのために、オンライン申請にスムーズにたどりつけるよう、わかりやすいサイトにしていきたいですね」と、古田氏は今後の展望について話す。
デジタル環境整備で「いつでもどこででも働く」が可能に
続いて、県庁の働き方改革を紹介しよう。古田氏は、新型コロナウイルス感染症が発生した当時の執務環境について、「書類が多く、ノートPCが旧式でサイズも大きく、テレワークやWeb会議ができる状態ではありませんでした」と語る。
そこで、令和3~6年度にかけて、モバイルPCと外付けディスプレイを配備し、庁内ネットワークを無線化するとともに、新しい電子申請システム、公文書管理システム、チャットツールなどを導入して、庁内のデジタル環境を整備した。あわせてペーパレスを進め、Web会議を行うようにすることでテレワークが可能になり、「どこででも働けるようになりました」と古田氏は語る。
例えば、会議では紙による説明ではなく、データで情報共有を行い、データを事前に共有することで会議時間の短縮を図っている。業務説明において資料修正が必要な場合は、即時で修正して作業の効率化を図っている。
古田氏は「ネットワーク体系の移行によりクラウドが使いやすくなったことも大きい」と話す。庁内のシステムもクラウドに切り替えたそうだ。また現在はファイルサーバを利用しているが、今年度は容量が無制限のクラウドストレージを導入する予定で、さらに利便性が高まる。「まさにデジタル変革が実を結びます」と古田氏。
そして、令和5年3月に県職員デジタル人材育成計画を策定し、令和5年4月からデジタル人材の育成にも取り組んでいる。効果的な人材育成のため、「一般職員」「DX推進マネジャー・DX推進員」「デジタル専門人材(ICT推進課等職員)」と3つの層に分けて、研修を実施している。ITパスポートの取得も奨励しており、100人の職員が合格を果たしているそうだ。
「今後は民間企業とも人的交流を図り、さらに充実させていきたいです」と、古田氏は語っていた。
行政のデジタル化はあくまでツール、サービス向上が主目的
このように順調に進んでいる新潟県の行政DXだが、生成AIの業務利用も進めている。令和5年6月にルールを定め生成AIの利用を開始、1年で利用したことがある職員は約2倍に増加したそうだ。ただし、生成AIを利用したことがある職員のうち、日常的に活用している職員は3%というデータも出ており、「まだまだ活用できていない」と古田氏は話す。
先に述べたように、今年度に導入を予定しているクラウドストレージは生成AIサービスを提供していることから、その利用を見込んでおり、「ちょうどいいタイミング」と古田氏は期待を寄せる。
行政のオンライン化もかなり進んでいるが、古田氏は「行政のデジタル化はあくまでもツールでしかありません。県民の皆さんによりよいサービスを提供することが大前提です。したがって、私たち職員が働き方を変えれば時間をとれるようになり、県民の皆さんにとって必要な業務に専念することが可能になります」と語る。
「行政サービスがオンライン化して使いやすくなれば、質も向上して、私たちの業務もラクになります。その辺りを県民の皆さんにも実感してもらいたいと思っています。そのために、デジタル化に取り組んでいます」と古田氏。
人手不足は自治体も例外ではなく、現在提供しているサービスを継続するためにもDXは不可欠と言える。新潟県の行政DXのさらなる進化に期待したい。