テレビやラジオ、無線LANにBluetooth、3Gなど、今やありとあらゆるものが何かしらの形で電波を用いてネットワークにつながるようになってきた。そこで用いられる周波数も、数HzからkHz、MHz、GHz、そしてTHzへと幅広く活用されるようになっており、空いている帯域をどう有効活用するべきか、ということが国際的な課題にもなってきているほどである。そんな電波を活用したセキュリティシステムを実現しようとしているのが情報通信研究機構(NICT)のワイヤレスネットワーク研究所が開発を進める電波で検知するセキュリティシステム「RAMIDS(RAdio-wave Mesh for Intruder Detection System:ラミッズ)」だ。

一般的なホームセキュリティというと、赤外線センサや振動センサなどを窓やドアなどの対象物ごとに取り付けるイメージがあるが、建物の規模が大きくなればすべての窓などにセンサを取り付ける手間もかかるし、壁そのものに穴を開けて侵入するといった犯罪などには対処することができない。室内すべてを監視するために、メッシュ状にセンサを配置すれば良いが、それも一定間隔に何十個ものセンサを配置する手間を考えれば、そう簡単に実行できない。そこでNICTが考え出した答えが、電波を用いて、その変動を測定して、室内の状況を調べる手法だ。

これまでにも送信と受信を対にして、1つのアンテナ同士で受信強度の変化を検知する手法というのは考案されていたが、この手法では送信機の変動や、室内のちょっとした動きでも受信強度が変化してしまい、誤検知を引き起こすことが多いため、実用化には至っていなかった。その対応策としてNICTが考案したのが、複数配置したアンテナ(アレーアンテナ)を用いて、様々な方向から入射される電波を受信することで空間全体を認識し、そこで変化する入射パターンをとらえて、状況の変化を安定的に検知しようという手法である。

従来の1つのアンテナを使った電波による検知手法では、ちょっとした受信強度の変化に反応してしまい、誤作動が多かった。これを複数のアンテナ(4本以上)にすることで、安定的に状況の変化を検知することができるようになった

アイデアを即座に形に変える

RAMIDSの開発者の1人である情報通信研究機構(NICT)ワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室の辻宏之氏

この研究が始まったきっかけはどこにあったのか。「2006年に卒業研究のために研修員としてNICTに在籍していた学生と、屋内の電波発信源の位置をアレーアンテナを用いて推定しようという研究が発端」(NICTワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室の辻宏之氏)だという。研究を進めるうちに、少しでも何かの物体(家具や扉など)が動くと、そのたびに電波の伝わり方が変わり、推定結果が変化してしまうという課題が持ち上がり、なかなかそこから先に進めない状態となっていた。年の瀬も押し迫った2006年12月23日、「環境変化に敏感であるならば、位置の検出ではなく、逆に動いたことをセンシングする用途に使えないか」という逆転の発想が飛び出し、翌24日に実験を実施した。この結果、送受信アンテナを部屋の1カ所に設置するだけで、何らかの物体が動いていることを検知することに成功したという。

わずか1日にも満たない時間の間で、発想から実際の実験に至った最大のポイントがMATLABの活用だという。もともとMATLABは行列演算を得意とするが、無線通信の解析処理はまさにその応用と言え、MATLABに解析を行わせることで「アイデアをすぐに形にできた」(辻氏)という。また、別の研究でも「例えば航空機を用いた実験などでは機体のレンタル時間や天候などの制限もあり、データを地上に持ち帰って、解析をして、ということはやりたくない。その点、MATLABを活用して、その場で得たデータを即座に解析させて、パラメータを変えて別条件ですぐに再実験ということは良くやる手法」(同)だという。

RAMIDSでも、複数のアンテナをどう配置するか、何本のアンテナであれば良いのか、アンテナだけをとってもさまざまな条件での評価が必要となってくる。研究室での実験であれば手間暇かけても良いが、実環境下での実験でそれをやっては手間ばかりかかって仕方がないということで、MATLABを現場で活用しての評価などが行われてきた。NICTは独立行政法人であり営利企業ではないため、自ら製品化を行わないため、システムレベルでの評価は行っていないが、「リアルタイム処理をSimulinkと連動させて構築するといったこともできるため、データの解析と評価をMATLABで、システムレベルでの評価をSimulinkで行うことも可能だ」(同)という。

MATLABですべての解析処理を実行

実際、RAMIDSは研究室レベルの1号機から、2011年に実環境での利用を前提とした2号機が開発されており、NICTにてデモ展示を見ることが可能だ。すでに3号機の開発も進んでおり、5月末から6月初旬にはデバッグが終わる予定だという。

2号機は4本のアンテナを用いて、送信機側から送られるキーレスエントリなどで用いられている315MHz帯の電波を受信する。部屋の状況に変化がなければ入射角度に変化はないが、何かが動いたりすると入射角度が変化し、状況が変化したことを認識する。また、室内にあるものがその場から無くなったりもすれば、それも角度が変化するので、状況変化として認識する(同じ場所に正確に置きなおせば状況が戻ったと認識するが、高精度に戻さないと、ずれたままと認識される)。

NICT展示室に設置されているRAMIDS2号機のデモルーム

デモルーム内の片隅に発信器が置かれている

別の片隅にアンテナが配置されており、発信器からの電波を受信して、室内に変化がないかをモニタしている

この電波の送受信、変調、復調、MIMOアルゴリズムなどすべての解析処理の基礎部分はMATLABで行われている。しかも驚きなのが、高速DSPやFPGAなどが不要な程度の処理で間に合うということで、2号機ではPICマイコンにてこれらの処理が行われている。

デモで用いられているRAMIDS2号機(左)。ここに4本のアンテナから受信したデータが送られ、その値が解析される。解析された結果が右のPCモニタの画面。何かが動いたり侵入したりすると波形が触れ、しきい値を超すとアラームが鳴る仕組みになっている

「開発においては、データの可視化が重要で、特にアレーアンテナだと3Dグラフ表現ができるかどうかがポイント。そうした意味では新しい技術やアルゴリズムであっても、MATLAB/Simulinkの活用により誰でも活用できるデータに変換できるのは心強い。また、用意されている関数も信頼できるものなので、その部分のデバッグを行う必要がないため、開発期間の短縮も可能となる」(同)とのことで、実際にRAMIDSは約一年ごとにバージョンアップがなされてきている。

その2012年版とも言える3号機は、実用的なシステムとすることを前提に315MHzに加えて2.4GHz帯に対応が図られており、無線LANとの併用を可能とした。また、単に電波を飛ばすだけでなく、そこにプロトコルを乗せ、どこの発振器からの電波に異常が生じているのか、ということまでわかるようになり、例えば複数の部屋の中のAという部屋において異常が発生ということが電波の届く範囲であればわかるようになる。

辻氏は「航空宇宙分野で使われてきた技術も、MATLABなどのツールを活用することで民生分野などでも活用できるようになってきた。RAMIDSをベースとして複数の企業との応用研究も進めているが、そこでも、思いついたアイデアをすぐに形にできるMATLAB/Simulinkの強みが発揮されることになると思う」と、無線技術を活用した研究開発現場でのMATLAB/Simulinkの適用範囲が発想レベルから、システムソリューションレベルまで多岐におよぶことを強調している。

なお、前述のとおり3号機の完成は5月末から6月初旬を予定しており、一般への披露は6~7月には行いたいとしている。