いまやあらゆる"ものづくり"の現場で活用されるようになったと言っても良いMATLAB/Simulink。その適用分野は幅広く、自動車や産業機械といったメジャー分野のほか、産業分野向けではないロボットとの連携や、ETロボコンの走行体プログラミング(注:リンクはwmv))といったものや、FPGAの設計など、あらゆる電子機器と関連するようになってきている。
そんなMATLAB/Simulinkをうまく活用することで、製品の開発期間の短縮や開発コストの低減を実現する企業も多い。今回紹介するエー・アンド・デイ(A&D)もそんな一社だ。同社のビジネスは多岐にわたるが、主なものとしては自動車向け試験機、体組成計などのヘルスケア機器、そして各種の産業用計量/計測機器などで、あらゆる分野に向けた計測機器の提供を目指している。
自動車から業務用計量機器へ - 適用範囲の拡大を目指す
同社が最初にMATLAB/Simulinkを導入したのは自動車分野。しかし、前述のとおり、幅広い分野で計測器メーカーであることを目指す同社は、自動車分野で培ったノウハウをほかの計量/計測器の開発にも展開したいという思いから、他分野への適用を進めてきた。
工業用の計量機器への適用に向けた取り組みが始まったのが2002年ころ。その後、2年ほどで新製品のリリースにたどり着けたという。それまでは、こうした機器の開発にはハードウェアで2年、ソフトウェアで2年、合計4年が少なくともかかっていたが、導入初期の開発から開発期間を半分にすることに成功した。実際には開発環境の構築に1年程度かかっていることを考えると、実際の製品開発には後半の1年しかかかっていないことになる。
この2年間で得たノウハウが、その後の同社の計測/計量器の開発を大きく変えることとなる。MATLAB/Simulinkベースの開発プラットフォームの構築により、1つのプラットフォームで幅広い分野で、短期間の開発が可能になったのだ。例えば、自社でマイコンを設計し、その上でアプリケーションを動かす期間は、「仕様策定から製品リリースの期間を10カ月で実現した」(同社 第1設計開発本部 第1部 課長の江本諭氏)とする。
こうした成功体験がさらに同社の開発速度を加速させた。産業機器で用いられるコントローラなどはリアルタイム性が求められる。一方、秤のような計量機器ではリアルタイム性よりも精度と使い勝手が求められる。こうした2つの相反する要求に、1つのプラットフォーム上で、ハイリッチなOSとリアルタイムOSを連携処理し、かつ要件に応じて、DSPやx86などのプロセッサ(マルチコア含む)に幅広く対応させることが可能となったのだ。
同社が開発した試作モジュールの1つ。MATLAB/Simulinkの開発プラットフォームを構築したことにより、プロセッサの種類に限らず、要件に応じて必要な機能や性能を組み合わせつつ、短期間での開発が可能となった |
見える化で開発現場が変わった
江本氏は、MATLAB/Simulinkの利点の1つとして「画面を開いた瞬間に、視覚的に何がどこにあるのか、全体を把握することができる点」と、そのグラフィカル性を挙げる。この見て理解できるという特長により、「MATLAB/Simulinkでも、そのまま開発を進めれば、開発スタッフがまちまちにプログラムを設計し、いざ実装という段階で破綻することとなる。しかし、システム分析をきっちりと行い、入出力、各種機能を明確化し、機能仕様書の作成、機能ごとにサブシステムのブロックの複数作成、上位レイヤは下位レイヤの影響を受けないといったようなスキームを構築することで、実装時の破綻を回避することができるようになった」(同)とメリットを語るほか、「各機能のブロック化により、ほかの開発にもそのブロックを展開できるようになり、設計負担の軽減と設計期間の短縮ができるようになった」とする。
この、データが流れるフローと入出力の明確化による副産物として、従来よりもわかりやすい仕様書が策定できるようになったほか、「全体が見えることで、今、自分がどの部分を作っているかが分かるようになった。これにより、単に担当部分を作るのではなく、隣の部分にも若干オーバーラップさせるという意識が生まれ、実装時の親和性を増すことができた」(同)と、開発スタッフのモチベーションや意識といった精神面にも影響を与えたという。また、各スタッフの得意分野の明確化がなされ、開発効率のさらなる向上が果たせたという。
その結果、同社の開発現場で今、何が起きているのか。江本氏は「実装が早くできるようになったことから開発に余裕ができ、機能やGUIの改良、プロダクトのデザインなど、いわゆる付加価値部分にまで気を回すことができるようになった」と、その効果を語る。こうした取り組みの成果で生み出された製品の1つに「Dr. Pro Touch」という医療現場で用いられる通信機能付き血圧計の専用解析装置がある。これまでにも同様の機能を持ったPCベースの製品は大学の研究室などで活用されていたが、同装置は、個人の開業医や看護士でも容易にバッテリの入れ替えなどのメンテナンスまで含めてできるように操作を可能な限り簡略化しながら、高機能を維持することを意図して設計段階での改良が繰り返されたされたという。
もう1つ、「AD-4826」というモデル予測制御フィーダコントローラもそうした成果物として挙げておきたい。というのも、先のDr. Pro Touchはどちらかと言うと、解析装置であり、GUIなどのユーザーの使いやすさを意識した製品だが、AD-4826はFA機器におけるリアルタイム性が求められるという、真逆に位置づけられる製品だからだ。
従来、こうしたコントローラにはラダー言語を中心としたPID制御が用いられていた。AD-4826ではPID制御ではなく、MATLAB/Simulinkをベースとした「モデル予測制御方式」を採用。これにより、未来の状態予測を行い、可能な限り目標値に近い操作量を算出できるようになり、PID制御比で30~50%の精度向上が図れるようになったほか、アクチュエータの駆動が滑らかになるため、負荷が減り、長寿命化もできるようになった。
「シミュレーション(理論)でできることが現実でもできた、という好例。違っていたら、パラメータの設定が足りてないというのが我々の判断。近年のPCの性能向上により、計算速度を維持しつつ、より現実に近い結果を求めることができるようになったのは大きい。MATLAB/Simulinkはこのシミュレーションと現実のギャップを埋めるためのツール」(同)とシミュレーションと現実のギャップが小さなものになっており、それが、高性能な機器の実現に結びつく結果を生んでいるとする。
なお、江本氏は「このまま、MathWorksと連携を深めて、より強まる短TAT化、新アプリケーションの創出といったニーズに対応を図っていきたい」としており、今後は、これまで以上に密接な関係を構築していくことで、MATLAB/Simulinkの活用範囲をさらに広げていきたいということを強調していた。