そろそろ、マン・マシン・インタフェースの話は終わりかと思っていたら、新手のネタが太平洋の向こう側から投げ込まれてきた。戦車の操縦席が、F1マシンのようになるという。
米陸軍向けに開発中だという新型戦車、M1E3エイブラムズである。2026年の初めに、なぜかデトロイト自動車ショーの席でお披露目された。。なぜこのような操作系が必要なのか、その意味を考えてみたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照
なぜM1E3は量産時に「M1A3」になるのか?
「E」は開発段階の試作品で用いられる記号だから、量産が実現したときにはM1A3になると思われる。現時点での最新モデルはM1A2 SEP(System Enhancement Program)シリーズだから、その次ということで整合はしている。
外見上の特徴はいろいろあるが、今回の話の本題から外れるので、それはひとまず措いておく。問題は、“Formula One cockpit”である。
これは操縦手席に持ち込まれる、新しいマン・マシン・インタフェースを指しており、“Xboxのコントローラみたいなインタフェース”だと説明されている。
あちらのニュースで出回った映像を見ると、ハンドルに押しボタンなどがいっぱいついていて、確かにF1マシンのステアリングに似ている。というか、Xboxのロゴが見えていたので、Xboxのコントローラを利用した「イメージ映像」であったのかも知れない。
昔のF1マシンは本当に「ステアリングホイール」だけだったが、排気量1.5リッターのターボエンジンが主流になったあたりから話が違ってきた。ステアリングに、いろいろと押しボタンが付くようになったのだ。たとえばマクラーレンMP4/4では、オーバーテイクのときにターボの過給圧を一時的に上げるボタンと、無線を使うためのボタンが付いていた。
その後、さらにいろいろなメカが加わるようになり、それを操作するための仕掛けも必要になった。しかし、レースの最中にいちいち手をステアリングから離して操作するわけにはいかないし、第一、狭いコックピットには場所がない。結局、ステアリングがスイッチだらけになる。
それと似たようなことがM1戦車でも発生するようだ。
なぜ戦車は“ハンドルから手を離さず操作”する必要があるのか?
戦車は分業化が進んでいるから、操縦手は運転に専念する。照準をつけて砲を撃つのは砲手の仕事、撃つ弾を装填するのは装填手の仕事(M1E3では自動装填装置が付くので、装填手はいない)、そして車長が全体状況を見ながら指示を出す。
ただ、運転に専念するといっても、戦車みたいな装軌車の運転の仕方は、その辺の乗用車とは違う。なお、M1E3はガスタービンをやめてハイブリッド駆動のパワートレインになるとのことだが、それが操縦操作にどう影響するかは分からない。たぶん、大きな違いはないと思われるが。
ゲームに慣れている当節の若者が運転する戦車なら、ゲームみたいな操作ができる方が慣熟しやすくなって、教育訓練の観点からしても都合がよい、という考え方もあり得よう。
ともあれ、戦車の操縦席は狭いし、迅速に操作する観点からいえば、できるだけハンドルから手を離さずに済む方がよいに決まっている。操作にもたついている間に、生死に関わる事態にならないとも限らないのだ。すると、戦闘機のHOTAS(Hands on Throttle and Stick)と同様に、必要な操作系をみんなハンドルに付けてしまえという話になるのは必然。
そして操作の確実性を期するならば、機能ごとに個別のボタンやダイヤルを設けて、しかもそれが物理的なボタンやダイヤルになっているのが望ましい。昨今の乗用車でよくあるようなタッチスクリーンなど論外である。
物理的なボタンやダイヤルなら、位置や動かす向きなどを覚えておくことで、いちいち眼で見なくても操作できる。タッチスクリーンだと、それができない。
それに、戦車みたいな装甲戦闘車両には、乗用車とは違った運用条件がある。整備された道路の上を走るとは限らないから、前後左右に傾いたり揺れたりする。そういう状況下でも確実に操作できるような操作系でなければ、身の安全や生死に関わる。
なぜ「斬新な操作系」は目的ではなく結果なのか?
何も戦車に限った話ではないが、実際の運用環境を正しく理解した上で、間違えずに、確実に操作できるような操作系を設計・実現すること。ウェポン・システムのマン・マシン・インタフェースにおいて、最も重要なポイントである。
M1E3戦車の“Formula One cockpit”に限ったことではないが、「物珍しさ」あるいは「斬新さ」といったところが話題になりやすい。大画面のタッチスクリーンをしつらえたF-35もそうだった。しかし、本筋はそこではない。
「戦車を操りながら、必要とされる各種操作を確実に行える操作系を実現することで、戦車の戦闘能力や生残性を高めること」が本来の目的。それを忘れてはならない。ネタ元のF1マシンにおいて「速く走ること」が最終的な目的であるのと同じだ。
この目的を達成しようとして、最適なマン・マシン・インタフェースを工夫した結果として、斬新だったり物珍しかったりということになるかも知れないが、それはあくまで「結果としてそうなった」という種類の話である。
これは何も戦車の操縦手席に限らず、あらゆる場面のマン・マシン・インタフェースにいえることである。見た目が斬新だから、物珍しいから、それで優れた製品になるわけではないのだ。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。
