先に第634~636回で取り上げた、「短射程防空(SHORAD : Short Range Air Defence)のシステム化」では、通信が鍵を握ることになる。システムを構成する諸要素が狭い範囲内に展開していれば有線の接続も可能だろうが、接続する資産が広範囲に散らばったり、航空機や艦艇が関わったりすれば、無線を使わざるを得ない。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

ローカル5Gという発想

Link 16みたいな戦術データリンクは、無線を介して行う情報共有手段の典型といえる。ただし、Link 16の仕様で定められた種類の情報しかやりとりできない。UHFと周波数ホッピングの組み合わせで実現する物理レベルの通信だけでなく、その上位でやりとりする情報の種類、そしてフォーマットまで、きっちり決められているので、そうなる。

そうではなくて、「いろいろ接続できるネットワーク」を構築しようとすれば、別の手段が必要になる。そこで実際に演習などの場に持ち込まれて試験運用が行われているもののひとつに、第5世代の移動体通信網、いわゆる5Gがある。

普通、5G通信というと通信事業者が基地局のネットワークを構築して実現するものだが、これはいわゆるパブリック5G。それ以外にも、プライベート5Gやローカル5Gといったものがある。

プライベート5Gは、通信事業者が特定の顧客に向けて、専用の5Gネットワークを構築するもの。この場合、顧客は無線の免許取得や設備の保守運用を通信事業者に任せて、ネットワークの利用に専念できる。

ローカル5Gは、通信事業者ではない企業や自治体などの組織が、特定のエリア、あるいは建物などに限定して、自前の5Gネットワークを構築する手法。5Gが持つ特徴、つまり高速・大容量・低遅延、多数の端末の同時接続が可能、といったメリットを備えた自前の無線通信網を構築できる。

OSIRISによる5G通信網の構築

といったところで、ロッキード・マーティンが2025年2月5日にプレスリリースを出した一件になる。

これは、米海兵隊が実施した演習“Steel Knight 2024”において、インテル(Intel Corp.)ならびにラディシス(RadiSys Corp.)の支援を得て、スタンドアロン5Gネットワークを構築したという内容。

米海兵隊はEABO(Expeditionary Advanced Base Operations)という作戦コンセプトを推進しているが、そこでは「敵軍がいない島嶼に小規模なスタンドイン・フォースを送り込み、地対空ミサイルや地対艦ミサイルを活用して敵軍の行動を掣肘する」という話が出てくる。

  • 米海兵隊の車載式地対艦ミサイル・システム、NMESIS(Navy Marine Expeditionary Ship Interdiction System)。使用するミサイルはコングスベルクのRGM-184A NSM (Nytt Sjønomålsmissil / Naval Strike Missile)だ。 Photo:U.S. Department of War

    米海兵隊の車載式地対艦ミサイル・システム、NMESIS(Navy Marine Expeditionary Ship Interdiction System)。使用するミサイルはコングスベルクのRGM-184A NSM (Nytt Sjønomålsmissil / Naval Strike Missile)だ。 Photo:U.S. Department of War

敵軍がいないような場所だから、当然ながら通信インフラなんてものは存在しない前提で考えなければならない。しかし、EABOにしろ、あるいは米軍全体で推進しているJADC2(Joint All Domain Command and Control、統合全領域指揮統制)コンセプトにしろ、信頼できる通信網の存在は大前提。

そこでスタンドアロン5Gを構築しようという話になり、OSIRIS(Open Systems Interoperable and Reconfigurable Infrastructure Solution)なるシステムを現場に展開した。これはロッキード・マーティンが2021年に1,930万ドルの契約を得て、開発に取り組んできたシステム。

そして、海兵隊が使用している多機能レーダー、AN/TPS-80 G/ATOR(Ground/Air Task Oriented Radar)や、航空作戦を差配する指揮統制システムAC2S(Air Command and Control System)、そして偵察用の無人機をOSIRISに接続した。

すると、無人機からのデータ、あるいはG/ATORからの探知データがAC2Sに流れ込んで来る。さらに、得られたデータに基づいて状況を認識して迅速な意思決定を行える、という話につながる。

ただし実戦を想定した演習だから、OSIRISによる5Gネットワークが使えなくなる可能性も考慮された。そこで「戦術通信機によるフェイルオーバー」も試験項目に入っていた。もちろん5Gに比べれば能力は落ちるだろうが、通信途絶と比べればマシというもの。

これは、ヤマハのVPNルータでブロードバンド回線のバックアップにISDNを使うのと似た話に思える。

OSIRISの段階的発展

OSIRISは複数のフェーズに分けて開発を進めてきた。契約から20カ月後に実験イベントに持ち込まれたのが初期版のフェーズ1。続くフェーズ2では、EABOドクトリンの文脈の下で、さまざまな5Gの用途を実現するアプリケーションで “mission sprint” と呼ばれる4件の実験を実施。そしてフェーズ3として、先に触れた演習 “Steel Knight 2024” の実施となった。

まず、小規模なところから実際に5Gネットワークで相互接続してみて、将来は段階的に対象を拡大したり、想定作戦環境・作戦シナリオを変えたりといった話になろう。

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。