2024年の暮れから2025年の初めにかけて、バルト海において、通信や電力で使用する海底ケーブルが切断される事件が相次いだ。そして年が明けてから、今度は台湾北方の海域でも海底ケーブルが切断された。

これらについて、中国やロシアに関係がある商船が関与したとの疑いが持たれているが、「誰がやったか」についてはひとまずおいておく。今回の本題は、こうした海底ケーブルを巡る暗闘は、実はけっこう歴史が長いという話。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

明治の初期から海底ケーブル網を構築していた日本

海底ケーブルとは読んで字のごとく、海底に敷設される各種ケーブルのこと。これが登場したのは19世紀半ばだ。国の安全保障に関わる事業だから、当然ながら国が自ら乗り出して行うもの……とは限らないのが面白い。民間の通信会社が敷設・運用した事例はたくさんある。

明治政府は、デンマークの大北電信会社(Great Northern Telegraph Co.)に対して、長崎に海底ケーブルを陸揚げする権利を与えた。イギリスの大東電信会社が、インド洋~シンガポール~香港~上海まで海底ケーブル網を延ばしてきており、これと大北電信の回線を接続することで、日本とヨーロッパを結ぶ通信回線ができた。

もちろん、民間ベース、それも外国企業が運用する通信回線では、それをどこまで信用して頼りにしていいのか、という懸念が出てくる。だから日本でも、明治元年から「外国の手によらず、自前で電信線を敷設・運用する」との方針が掲げられた。

まず、陸上で電信のための有線通信網を構築するところから話が始まったが、その後、南西諸島や朝鮮半島、ロシア、中国との間にも海底ケーブル網を構築していく。この中には、外国企業が設置した施設を買収したものもある。

日本で初めての海底ケーブル敷設船「沖縄丸」がイギリスで建造され、明治29年に竣工した。同船は、南西諸島を経て台湾に至る海底ケーブルの敷設に従事した。それだけでなく日露戦争の開戦前には、軍が自前の海底ケーブルを持たなければならないということで急遽、日本と朝鮮半島の間に隠密裏にケーブル敷設を実施した。

こうした通信網の構築と、各地の島嶼における監視哨の設置が、当時の日本における海洋状況認識の改善、あるいは海外拠点との迅速な連絡に役立ったわけである。そして、海底ケーブルが攻撃対象になる事案も、昔からあった。

米国の第一次世界大戦参戦をもたらした「ツィンマーマン電報」

第一次世界大戦が始まった初日にイギリスは、ドイツが海外との間で通信をやりとりするために使用していた海底ケーブルをちょん切る挙に出た。その理由は、無線あるいは外国が所有する海底ケーブルによるやりとりを余儀なくさせることにあった。それによってドイツの対外通信を傍受できれば、ドイツが考えていること、やろうとしていることは筒抜けになる。

もちろん、秘匿性が高い通信は暗号化するのだが、それとて完璧ではない。暗号化した通信文が解読された事例はごまんとあるし、それが時として歴史を大転換させる。

その一例が、1917年1月16日に送られた「ツィンマーマン電報」。これは、ドイツ帝国のアルトゥール・ツィンマーマン外相が、ワシントン駐在のドイツ大使、それとメキシコ駐在のドイツ大使を介してメキシコ政府に送った電報のことで、主な内容は以下の通り。

  • もしアメリカ合衆国が参戦することになったら、ドイツはメキシコと同盟を結んでメキシコに支援を提供する
  • 大戦でドイツが勝利した場合には、米墨戦争の結果としてアメリカのものになったテキサス州、ニューメキシコ州、アリゾナ州をメキシコに返還する
  • メキシコに対して、ドイツと日本の仲裁、それと日本の対米参戦に向けた説得を求める

アメリカが第一次世界大戦において連合国側に立って参戦したらドイツにとっては不利だから、それをなんとかしようとしてこういう策略を考えた。

もちろん外交に関わる重要な電報だから暗号化されていたが、これをイギリスの暗号解読者は解読していた。そして筒抜けになった電報の内容を、イギリスはアメリカにたれ込んだ。このことと、ルシタニア号撃沈事件(1915年5月7日)が原因となり、アメリカはイギリスの側に立って第一次世界大戦に参戦することとなった。

春秋の筆法みたいな話になるが、海底ケーブルをちょん切ったことがアメリカ参戦につながった、とこじつけられないものでもない。

  • これは、客船「ルシタニア」で使用していたスクリュープロペラ。イギリスのリバプールで展示されている。同船の撃沈やツィンマーマン電報の暴露が、アメリカが第一次世界大戦に参戦する結果につながった 撮影:井上孝司

海底ケーブルを巡る暗闘の歴史上の必修案件「アイヴィー・ベル」

第283回で取り上げた「アイヴィー・ベル」、すなわちソ連軍の海底ケーブルを盗聴する作戦も、海底ケーブルを巡る暗闘の歴史においての必修案件となる。

第一次世界大戦の頃には海底ケーブルをこっそり盗聴する技術がなかったから、「海底ケーブルをちょん切って無線を使わせる」なんていう荒技が必要になった。しかし、海底ケーブルをそのまま使わせておいて、それと覚られずに盗聴できるのであれば、その方が好ましい。それに、当時のソ連軍は「有線の海底ケーブルなら盗聴されることはあるまい」とタカをくくって平文でやりとりを行っていたから、暗号解読の手間が省けた。

この作戦は結局、内通者がいたせいでソ連側にバレてしまったが、その後に同種の作戦が行われていないとは誰にも断言できない。今は銅線より光ファイバーが主流になっているが、それを外から盗聴するための研究開発が行われていても、あるいは実際に何らかの手法で盗聴が行われていても、何の不思議もない。

海底ケーブルの保護は難しい

敷設そのもののやりやすさやケーブルの強度・保護といったことを考えると、海底ケーブルはどこにでも敷設できるというものではなく、自ずから「適地」ができる。そこで錨をズルズル引きずって航行すれば、ケーブルは切れてしまう。それに、海底ケーブルはどこかで陸揚げしなければならず、そこには必ず陸揚局ができる。

また、「アイヴィー・ベル」においては、海岸に設置された「ケーブルあり、投錨注意」の標識がケーブルの位置を突き止める端緒になった、との話が伝えられている。実際、うっかり者が投錨してケーブルを切ってしまったら洒落にならないから、そういう注意喚起は必要だ。しかしそれが敵を利することにもなる。

「アイヴィー・ベル」では潜水艦が使われたが、バルト海の事案みたいに、商船が破壊行為に関与したと疑われている事例もある。すると、軍艦だけ監視していればよいというものではなくなる。それに商船であれば、国家による直接の関与を否定する(平たくいえば、すっとぼける)のが容易になる利点もある。

こうしてみると、海底ケーブルを物理的な手法で完璧に保護するのは難しい。回線そのものや経路の冗長化を図るとか、壊されても迅速に復旧できる手段を整備しておくとかいう対応の方が、現実的ではないだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。