「2024国際航空宇宙展」(JA2024)がらみの話題が一段落したところで、「システムの統合化」に戻る。以前、イージス戦闘システムを取り上げたが、これは艦艇用ウェポン・システムの分野において、最も統合化が進んでいる事例と思われる。では空の上ではどうかというと、これはもう間違いなくF-35であろう。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
センサー融合は統合化されたシステムがあってこそ
F-35をはじめとする最新世代の戦闘機における特徴の一つに、「センサー融合」機能が挙げられている。つまり、自機が装備するさまざまなセンサーから得た情報を、個別に専用のディスプレイを用意してバラバラに表示するのではなく、一つの画面にまとめて表示する。
これを実現しようとすれば、自機が装備するセンサー群をすべて、中核となるミッション・コンピュータに接続する必要があるのは論を待たない。データがバラバラに存在している状態では、融合も何もあったものではない。
過去記事との繰り返しになってしまうが、F-35が装備する主なセンサーは、以下の陣容になる。
- AN/APG-81レーダー(今後はAN/APG-85に変わる)
- AN/ASQ-239統合電子戦システム
- AN/AAQ-37 EO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System。新形を開発中)
- AN/AAQ-40 EOTS(Electro-Optical Targeting System)
EO-DASは赤外線映像を、EOTSは可視光線映像や赤外線映像を得られる。AN/ASQ-239はESM(Electronic Support Measures)やECM(Electronic Countermeasures)の機能を統合化したシステムだから、逆探知(ES : Electronic Support)も、妨害(EA : Electronic Attack)もできる。その、統合化された電子戦システムをさらに、機体全体として見ると他のセンサー機材と統合していることになる。
センサー融合と相互補完
これらのセンサーで得られる情報はそれぞれ内容が異なるので、それらを融合することで相互補完ができる。
例えば、対空捜索の場合。レーダーは探知目標を「点」として捉えることしかできないが、EO-DASは「映像」として捉えられる。つまり、相手の姿かたちが分かるから、機種を識別する役に立つかもしれない。ただし、探知できる距離はレーダーよりも短いし、機種の識別ができる距離はもっと短い。するとこの両者は相互補完の関係となる。
ところが、相手が何か電波を出していればESMで傍受できる。手元にデータがあれば、逆探知した電波の発信源が何者なのかを判断できる。その情報をレーダー探知や赤外線映像のデータに加味すれば、「いま見ている相手は○○レーダーと同じ特性を持つ電波を出しているから、機種は、その○○レーダーを搭載する△△ですよ」という流れで機種識別の情報を表示できる理屈となる。
この「データの融合と相互補完」が、状況認識能力の向上を支えているわけだ。
対地用途であれば、AN/APG-81レーダーの合成開口レーダー (SAR : Synthetic Aperture Radar)モードを使ってレーダー映像を得られるほか、EO-DASやEOTSからは赤外線センサーの映像を得られる。地上に何か電波発信源があれば、ESMが識別や位置標定を行える。これらの情報を組み合わせることで、単独のセンサーだけに頼るよりも詳しい情報を得られると期待できる。
特にステルス機の場合、自機が逆探知される事態を避けようとすると、自ら何かしらのシグネチャを発するセンサーは使いたくない。パッシブ式のセンサーで探知・識別能力を高めようとすれば、「使えるものは何でも使う」必要がある。すると、複数のセンサーで得た情報を融合・相互補完できるかどうかは重大な問題になる。
話は状況認識にとどまらない
ここまでは「状況認識」の話を取り上げてきたが、自機が搭載する各種のセンサーを統合化することは、その後の「交戦」の場面でも効いてくる。
例えば、AN/ASQ-239のESM機能が、敵機が発するレーダー電波を逆探知して機種を識別できたら。それを受けたAN/ASQ-239のECM機能は、ESMの情報に基づいて最善の妨害手段を実行できる、との期待が持てる。もちろん、これは事前にデータを用意できるという前提があってのことだが。
地対空ミサイルの脅威を避ける場面ではどうか。AN/ASQ-239のESM機能が射撃管制レーダーの電波を逆探知して機種を識別できれば、ミッション・コンピュータの側で、そのレーダーを使用する敵の地対空ミサイルを避けて、有効範囲外をすり抜けるような針路を自動的に割り出す。そんなこともできそうではある。
敵防空網制圧(SEAD : Suppression Enemy Air Defense)任務であれば、ESMが逆探知した方向にある敵の地対空ミサイル用射撃管制レーダーに対して、自動的に対レーダー・ミサイルを放つようなこともできる理屈。
対艦攻撃であれば、複数の敵艦を探知した時に、その中から「最も優先度が高い」ターゲットを選び出す必要がある。そのときに、レーダーで捜索しても「点」としての情報しか得られないが、ESMがレーダー電波を捕捉していれば、艦の識別につながる可能性がある。ただし電波を出してくれれば、だが。
なお、可視光線や赤外線で捕捉すれば映像として情報を得られるが、それには敵艦が見えるところまで近寄らなければならず、それは現実的とはいえない。
この辺は「アイデア次第」のところがあるから、筆者みたいな部外の素人ではなく部内の関係者であれば、もっと賢い使い方を思いついているのではないだろうか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。