GPS(Global Positioning System)を対象とする妨害や欺瞞が問題視されるようになって、しばらく経つ。なにも測位システムに限った話ではなく、敵対勢力が有力な新兵器や新技術を開発・配備すると、それに対抗する手段が考え出されるのは昔から変わらない。そして、対抗手段が考え出されると、対抗手段への対抗手段が考え出される。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
スプーフィングをブロックするP(Y)コード
御存じの通り、GPSをはじめとする各種GNSS(Global Navigation Satellite System)は、低高度の周回軌道を回っている衛星から地上に向けて送信する電波の受信によって成立している。そして、その電波の周波数は分かっている(周波数が分からなければ、受信機を作れない)。
すると、力技で強力な妨害電波を出して電波の受信を妨げる方法が考えられる。また、本物とそっくりで、かつ内容が異なる贋シグナルを出すことで、欺瞞(スプーフィング)を行える理屈となる。
これについて、サフランのWebサイトに解説があった。スプーフィングを行う際には、まず軍民共用であるC/Aコード信号を模倣するところから始める。そして、周囲のGPS信号よりもいくらか強力なシグナルを出したところでシグナルの内容を少しずつ変化させて、攻撃対象となったGPS受信機に誤った測位・測時情報を送り込む。
シグナルの内容を徐々に変化させることで、C/AコードのGPS受信機には、スプーフィング信号を異常なシグナルとして認識させないという考え方だそうだ。なにやら、レーダーを妨害する際のレンジ・ゲート引き離しを思わせる話ではある。
ただし、軍用のP(Y)コードに対応する受信機は暗号化機能を備えているから、C/Aコードの欺瞞だけではだまされてくれない。そもそも、そうやって贋シグナルを排除するためのP(Y)コードなのだ。
SAASMとMコード
そうした妨害行為に対抗しようとして開発・配備されたデバイスの一つが、SAASM(Selective Availability Anti-Spoofing Module)という追加モジュールで、これはすでに軍用のGPS受信機で広く使われている。
もともと、軍用のGPS受信機にはPPS-SM(Precise Positioning Service Security Module)という暗号化機能があるが、これには鍵配送問題がついて回っていた。そこでSAASMでは、非機密チャネルを用いて鍵をやり取りする仕組みを構築、運用を容易にしている。この、暗号化技術を用いた欺瞞対処に加えて、処理ゲインの向上によって耐妨害性も向上したと説明されている。
このほか、アンテナの改良によって対処する方法もある。GPS妨害装置は地上に設置されているから、受信機から見ると、妨害波は比較的低い仰角で飛んでくると考えられる。それに対して衛星からの本物のシグナルは、もちろん頭上から飛んでくる。そこで指向性を高めたアンテナを用意して、仰角が低いシグナルを無視するというのが基本的な考え方。
また、軍用新波のMコードも登場している。元からある軍用のP(Y)コードは、まず軍民共用のC/AコードでロックしてからP(Y)コードにロックする二度手間が必要だったが、Mコードは単体でロックして測位できる。さらに、指向性を強めたスポット・ビームを送信することで信号強度を高めて、妨害に強くしている。
BAEシステムズのIGAS
BAEシステムズでは、誘導爆弾のようなGPS誘導兵装と組み合わせる目的で、IGAS(Integrated GPS Anti-jam System)という製品を開発、2024年のファーンボロー航空ショーでも出展していた。
BAEシステムズは以前から、GPS受信機のNavStrikeや、誘導爆弾JDAM(Joint Direct Attack Munition)用のGPS受信機を手掛けているが、IGASでは従来の12チャンネルから24チャンネルに増強。さらに、暗号化コードの迅速な直接受信、SAASMの活用などといった手法で耐妨害性能を高めているとの説明である。
また、L1波(1575.42MHz)とL2波(1227.60MHz)の両方に対応することで、異なる周波数の間で生じる遅延量の差を読み取り、電波到着時間を比較して遅延量を補正できる。IGASに限らず、他社の製品でも同様の機能を備えているものがある。
記事を書く側としては「こんな風に対処しています」という話をいろいろ書きたいところだが、あまり詳しく手の内を明かしてしまうと妨害側が喜ぶだけ。そこのところは矛盾があって悩ましい。
IGASは誘導爆弾における利用を想定しているようで、そうするとシステム全体を小型軽量低消費電力、かつ安価にまとめる必要がある。そこで枢要部をシングルチップ化しているとの話である。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。