ここしばらく、「システムの統合化」というテーマで、いろいろな話を取り上げてきた。まだ続きがいろいろあるのだが、気分を変えようということでしばらく、単発の話題をいくつか取り上げてみたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • 7月30日のセミナー「防衛産業DXの現在と未来」で最初に演壇に立った、アンシス・ジャパン Area Vice President Sales, Aerospace & Defense APAC 大谷修造氏 撮影:井上孝司

防衛産業とデジタル・エンジニアリング

さて。過去の本連載の原稿を再確認してみたところ、「ミッション・エンジニアリング」という言葉が5回出てきていた。しかし、その「ミッション・エンジニアリング」自体に関する解説をしていなかった。

折から、アンシス・ジャパンが7月30日に都内で、「防衛産業DXの現在と未来」と題するセミナーを開催した。これには「デジタルエンジニアリングの役割と展望」というサブタイトルが付いている。

そこで主要テーマとして取り上げられたのが、以前にも本連載で取り上げたことがあるモデルベースのシステム工学(MBSE : Model-Based System Engineering)、そしてミッション・エンジニアリングである。

すでに自動車産業などで一般化している話だが、現物を作って動かすことで開発・試験・評価を進める代わりに、さまざまなデジタル技術を活用する。それにより、試行錯誤を繰り返すプロセスを迅速化できれば、装備品の開発に際してリスク・コスト・時間を節約できるかもしれない。

デジタル・エンジニアリングで迅速に開発が進むB-21レイダー爆撃機

ロッキード(当時)はSR-71ブラックバード偵察機を開発する過程で、レーダー反射を抑制しようとして、さまざまな機体形状を試した。そのときには、いちいち模型を作って電波暗室に入れてテストしていたが、それでは時間も経費もかかる。

しかしその後、「エコー1」というソフトウェアを開発して、レーダー反射をコンピュータで計算できるようになった。さまざまな形状を試す必要があるのは同じでも、コンピュータ上で計算できれば、いちいち模型を作って試験にかける手間は軽減できる。

機体の構造設計やシステム構築でも同様に、コンピュータ上でのモデリングやシミュレーションを活用する。それを実際に駆使している一例が、米空軍が開発を進めているB-21レイダー爆撃機。同じ「ステルス全翼爆撃機」でも、B-2Aスピリットと比べると迅速に開発が進んでいる。その背景には、デジタル・エンジニアリングを駆使して試行錯誤のプロセスを迅速化したことがあるとされる。

そして、そうしたデジタル・エンジニアリングに関わる各種のツールを手掛けているのがアンシスという会社。もともとはモノ作りに関わるシミュレーションなどから始まったが、現在はもっと抽象化した、上位レイヤーにも版図を広げている。そこで防衛分野の関係者向けに、デジタル革新について知ってもらうためのセミナーを開催したわけである。

では、任務達成の手段を追求する場面では?

なにも防衛産業界に限ったことではないが、新しい製品・装備品を作り出すときは、そこで用いられる要素技術に関する研究開発に始まり、現物の試作と試験・評価などといったプロセスを経るのが一般的。しかし、その過程で試行錯誤は避けられないし、試作して試験・評価を繰り返せば時間も経費もかかる。

これはモノ作りの話だが、軍事組織が何かの任務を達成するための手段を追求する場面はどうか。自衛隊で作戦要務に関わっている方なら説明の必要はなかろうが、「使命」「目的」「任務」「目標」といった言葉にはそれぞれ、明確な意味が定められている。

そのうち「任務」とは「指揮官が上級指揮官から付与される、達成すべき責務」を意味する。例えば、我が国の島嶼地域を担当する統合指揮官がいて、そこに「担任する島嶼地域を敵軍の侵略から防衛する」という任務が付与される、といった形が考えられる。

  • まず「達成すべき任務」「それを実現するための作戦概念」を起点として、そこから所要の技術・装備の話に掘り下げていくのが、ミッション・エンジニアリングにおける基本的なアプローチ。「この装備をどう使おうか」ではない 引用:(米国防総省 “Mission Engineering Guide”

ところが、任務の内容が一つでも、それを実現する手段の選択肢は数多い。「敵軍が上陸する前に、乗っている揚陸艦ごと撃沈する」「上陸せんとする敵軍を水際で撃滅する」「敵軍をいったん上陸させておき、内陸に引き込んで持久しながら撃滅する」などなど。ただし最後の選択肢は、十分な縦深を陸地に確保できなければ成り立たないが。

そして敵軍と交戦する手段にしても、陸上であれば歩兵の銃剣突撃に始まり、火砲、戦車、武装無人機、攻撃ヘリコプター、戦闘機など多種多様。敵軍を揚陸艦ごと撃沈するにしても、水上艦、潜水艦、航空機、地対艦ミサイルなど、手段はいろいろ考えられる。

ただ、手段をリストアップするだけなら簡単だが、その中には「手持ちがない、あるいは手持ちの数が乏しいもの」もあれば、「存在しても使えないもの」もある。極端な話、敵軍を核兵器で蒸発させる選択肢は、現実的には使えない。

そこで、もともとある固定観念はいったん取り払い、「敵地上軍による島嶼の占領を阻止する」という任務を達成するために何が必要なのかをゼロベースで追求するのが、ミッション・エンジニアリングといえるのではないか。

考えられるさまざまな選択肢を設定するだけでなく、数や比率をいろいろ変えてみる。手持ちの資産を何に対して、どれだけ、どのタイミングで、どのようにぶつけるか。それを、コンピュータ・シミュレーションを駆使していろいろ試す。

「長い槍、強力な槍を持っているだけではダメで、それをどこに投げつけてどういう効果を引き出すかが重要」とは筆者が常々繰り返していることだが、それを追求する手段がミッション・エンジニアリングである、ともいえる。

「人」「モノ」と、それらをどう使うかという「概念」、そして必要なリソースを配分する「戦略」。それらを組み合わせることで初めて「防衛力」が成立する。ミッション・エンジニアリングは、このうち「概念」の部分を受け持つ要石である。

コンピュータ・シミュレーションのメリット

昔なら、地図の上で駒を動かして「兵棋演習」をやったり、いちいち部隊を動かして「実働演習」をやったりして試すしかなかった。

ところが、前者は時間がかかるし、ときには「只今の命中弾は三分の一とする」なんてことをいいだして演習の意味をぶち壊しにする統裁官が現れることもある。一方、後者は時間だけでなく、実際に部隊を動かすわけだから、人手も経費もかかる。どちらにしても、多種多様な選択肢を試そうとしても無理がある。

そこでコンピュータ・シミュレーションを駆使すれば、多種多様な選択肢を迅速に試すことができる。つまり試行錯誤のプロセスを効率化できる。すると、常識的に考えればあり得ないと思われていた選択肢が浮上するようなことも、あるいは起こり得るかもしれない。

これについて、アンシス・ジャパンのセミナーでは「As-Is」(現状の手法)と「To-Be」(あるべき姿)の対比、という形で説明をしていた。As-Isとは、手持ちの装備や組織、すでに慣れ親しんでいる手法・戦術を意味する。いってみれば定石である。しかし定石とはみんな知っているものであるから、敵軍に裏をかかれるかもしれない。

そこで、定石はいったん棚上げする。To-Be、つまり達成すべき任務を起点として、任務達成のための手段をゼロベースで追求する。これについてセミナーの席では「最初から全体像を作り上げて、反復的に精緻化していくアプローチ」と説明された。

  • 任務を達成するために必要なタスクのまとまりと、その流れ(ミッション・スレッド)、そこで使用するシステム、といった要素を追求する 引用:(米国防総省 “Mission Engineering Guide”

そのためのツールとして、デジタル技術を活用する。モデリングやシミュレーションの活用によって迅速な試行錯誤の繰り返しが可能になれば、状況・情勢の変化に対応して新たな打ち手を考える作業も容易になると期待できる。試行の過程で失敗があっても、それは悪いことではない。失敗から何を読み取り、次につなげていくかが鍵である。

また、任務達成のための最適な手段を追求する過程で、「現時点でこんな能力が欠けているが、これを補えば任務達成につながるのではないか?」という話が分かってくる。これは、組織・装備体系・教育訓練などの計画を立てる場面で重要である。

「我が国がいかに素晴らしい国か」なんていう観念的な精神論を支柱にしようとしても、武力紛争には勝てない(安上がりな選択肢ではあるのだが)。手持ちのリソース、利用可能なリソースを、どう有効活用して敵国の “重心” を叩き、任務の達成につなげるか。それを真剣に考えなければならない。それこそがミッション・エンジニアリングの真髄ではないだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。