前回は、米海軍や海上自衛隊で使用している対潜戦(ASW : Anti Submarine Warfare)の総合システム「AN/SQQ-89」を取り上げた。書き上げて一読してみたところ、「ハードウェア構成は分かるが、どう機能させるかがピンとこない」と感じたので、現場でどんな風に機能させるのだろうか、という話も取り上げてみたい。
ただし、筆者は現場で勤務していたわけではないから、推測も混じる点はご容赦いただきたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
まず曳航ソナーで早期警戒
水上艦だけでなく、潜水艦でも事情は同じだが、アクティブ・ソナーを用いてのべつ幕なしに探信していたのでは、敵潜水艦の艦長に対して「潜水艦を捜索している誰かさんがいる」ことを広告するだけである。
敵潜を追い払い、寄せ付けないようにするだけが目的ならそれでも良いが、狩り立てようとすれば、こちらの存在は秘匿しておきたい。
すると、曳航ソナーを展開して低速で航行しながら、敵潜が発するノイズを追い求めるのが最初の仕事となる。曳航ソナーをパッシブ・モードで動作させた場合、何かを聴知しても分かるのは方位だけで、距離が分からない。だから必要に応じて変針しつつ、音源の位置を突き止める工夫が要る。
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駆逐艦「ラファエル・ペラルタ」(DDG-115)艦上で、曳航ソナーの操作(繰り出しか収納かは不明)を行っている乗組員。上方のケーブルが曳航ソナーのそれで、左端に巻き取り用のリールが見える 写真:US Navy
目標運動解析、音波の伝播に関する情報収集
すると、AN/SQQ-89を構成する要素の一つ、AN/USQ-132意思決定支援システム(TDSS : Tactical Decision Support System)の力を借りて、目標運動解析を行う必要がある。また、聴知した音源の種類を識別する場面では、手持ちのデータと照合するシグナル処理が必要になる。
さらに、海中での音波の伝播は一様ではないから、AN/SQS-25水測予察システム(SIMAS : Sonar In-situ Mode Assessment System)の力を借りて、今の水測状況下で音波がどのように伝播するかという情報を得る必要もある。それは、音源となる敵潜の位置を推測する際の参考になる。
艦載ヘリコプターがある場合
また、艦載ヘリコプターがあれば、それを遠方まで進出させてソノブイ・バリアを展開させることで、早期警戒用のスクリーンができる。ソノブイが何かを聴知すると、そのデータはヘリコプターに送られるので、ヘリの機上で解析できる。
さらに、ヘリコプターのセンサーで得た情報をデータリンク経由で艦と共有すれば、探知情報の一元管理が可能になり、艦から見ると遠方まで探知の網を広げた格好になる。曳航ソナーで聴知した音源のところにヘリを差し向けて捜索させる」という形もありだろう。
AN/SQQ-89が探知のプロセスを支援
つまり「今の水測状況では、音波の伝播はこうなるはずだから、聴知したノイズの発生源の位置を逆算すると、この辺になるのではないか」「複数の探知手段で得た情報を総合すると、音源の正体は○○ではないか」という流れ。そのプロセスをAN/SQQ-89が支援する。
個々の探知手段がバラバラに機能していると、このプロセスが実行不可能とまではいわないにしても、手間は確実に増える。
ときには、「リスクを冒して探信すれば敵潜を確実に捕捉できる」と判断して、AN/SQS-53で探信、すなわちヤンキー・サーチをぶちかます場面もあり得る。探信すれば方位も距離も深度も一発で分かるが、敵潜にこちらの存在を広告することになるので、捕捉したら迅速に交戦しなければ我が身が危ない。
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これはAN/SQS-53ではなく、もっと前の世代のAN/SQS-26バウソナー。しかし現物のイメージは掴んでいただけると思う 引用:(米海軍水中戦センター、NUWC-NPT Technical Document 12,289 “Properties of Transducers: Underwater Sound Sources and Receivers”
敵潜を捕捉した(と考えられた)場合には
ともあれ、敵潜と思われる音源を捕捉・追尾して、位置・針路・速力を把握するための、辛抱が求められるプロセスが走る。その結果として「こいつは敵潜だ」と判断できたら、次は交戦となる。
ところが、その敵潜をどうやって攻撃するかという問題がある。艦が搭載する魚雷やASROC(Anti Submarine Rocket)の射程外にいる相手なら、ヘリコプターを差し向けなければならない。そういう意思決定も必要になる。ヘリコプターに交戦させる場合、目標の位置を最終的に突き止めて魚雷を投下するのはヘリコプターの仕事だが、艦側で交戦する場合はどうするか。
まず、使用する武器を決める。遠距離ならASROCだが、近くまで踏み込まれていたら魚雷の使用もあり得る。使用する武器を選択した上で、必要なデータを送り込む。ASROCなら「どの地点に向けて撃ち込むか」の指示が必要になるし、魚雷なら捜索開始深度や航走パターンのインプットが必要になる。
AN/SQQ-89は探知手段と交戦手段が統合化されているから、「こういう位置関係だから、ここに向けて撃ち込むのが良い」「この状況なら捜索開始深度や航走パターンはこうするのが良い」という意思決定の材料を提供したり、兵装にデータをインプットしたりするプロセスを迅速にこなせる、と期待できる。
多忙なときほど生きると思われる、統合化したシステム
敵潜が1隻だけならまだしも、ときには複数の敵潜に対して同時並行的に、こうした早期警戒・捕捉追尾・交戦のプロセスが走ることもあり得よう。そうなってくると人間の負担は確実に増えるので、確実に作業をこなすためには、AN/SQQ-89のようなシステムの支援が重要になる。
そこでも「統合化」が生きる。さまざまなセンサーで捕捉したさまざまな探知目標の情報を、一元的に集約・提示できれば、全体状況を俯瞰しやすいから、見落としや判断ミスを少なくできる(かもしれない)。また、優先順位付けを行うには、全体状況を俯瞰することが不可欠となる。
もしも複数の探知目標について、個別に、バラバラに見ていたのでは、多忙な戦術曲面では、大事な目標を見落としたり失念したりする事態になりかねない。
そして今後、水上戦闘艦とヘリコプターというトラディショナルな組み合わせだけでなく、ソナーを搭載した無人船(USV)や、ソノブイ展開などを受け持つ無人機(UAV)などといった資産が加わってくると予想される。関わる資産が増えれば仕事は複雑になるので、統合化したシステムを構築して「交通整理」することは重要だ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。