空母や揚陸艦のような、艦隊が任務を遂行する際の中核となる主力艦のことを高価値ユニット(HVU : High Value Unit)と呼ぶ。当然、敵側から見ればHVUは最優先の攻撃目標となる。そして艦艇を攻撃する手段の主流は対艦ミサイルだから、HVUにとっては対艦ミサイルからの自衛が重要な課題となる。それを司るシステムの一つに、米海軍のSSDS(Ship Self Defense System)がある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
SSDSの必要性
厄介なのは、時間的な余裕がないこと。高さ20mの位置に設置したレーダーで、高度5mを飛翔する目標を探知できる距離は27.3kmと計算できる。900km/hで飛翔するミサイルは、この距離を1分50秒かそこらで移動してしまう。その間に探知・識別・意思決定・交戦・破壊を実現しなければ自衛にならない。
すると、飛来する脅威を探知するだけでなく、それが自艦にとっての脅威となる対艦ミサイルであることを確認して、針路と速力を調べて迎撃のための意思決定をして、必要な数字を武器に送り込んで交戦する。この一連のプロセスをどれだけ迅速に処理できるかが問題になる。そこにSSDSが出現した素地がある。
対艦ミサイルは空中を飛来する、いわゆる「経空脅威」の一つだから、飛来を知る手段はレーダーとなる。ただし、対艦ミサイルの多くはシースキマー、つまり海面スレスレの低空を飛翔して、できるだけレーダー探知を避けようとする。そのため、対空捜索レーダーのみならず、対水上レーダーも探知に加わる(対水上レーダーは低空もカバーするため)。
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米空母「ロナルド・レーガン」のアイランド。マストの左側にAN/SPS-48、右側にAN/SPS-49と対空捜索レーダーを据えて、マストの頂部には対水上・低空捜索用のAN/SPQ-9Bレーダーを据える。これらはいずれもSSDSとつながっている 撮影:井上孝司
ところが、レーダー探知で分かることは「電波を反射する誰かさんがいる」ことだけである。もしかしたらそれは、対艦ミサイルではない、別の誰かさんであるかもしれない。探知目標が対艦ミサイルかどうかを確認するには、レーダー探知があるというだけでは不十分。レーダー探知の有無にだけ依存すると、誤警報の山が発生してしまう。
対艦ミサイルの多くは終末誘導にレーダーを使用するので、そのレーダー電波を逆探知すれば、飛来するミサイルの機種が分かるかもしれない。ただしこれは、事前にデータを得ていた場合には、という前提条件が付くのはいうまでもない。
これは一例だが、「さまざまなセンサーからさまざまな分野のデータを得て融合することで、脅威の識別を確実に行える可能性が増す」のはお分かりいただけると思う。それが、「システムの統合化」としてSSDSを採り上げた理由。
SSDSの発展
SSDSのルーツは、AN/SYQ-17 RAIDS(Rapid Anti-Ship Cruise Missile Integrated Defense System)。レーダー探知だけでなく、ESM(Electronic Support Measures)による逆探知を併用することで、飛来する脅威の捕捉追尾と識別を実現する。それを受けて、適切な方位・適切な規模にチャフを投射・展開して贋目標をでっち上げる。そういうシステムだった。
そこから発展する形で、敵地の近くで行動することが前提となる揚陸艦の自衛を企図した、QRCC(Quick Reaction Combat Capability)計画が立ち上がる。そこで開発したのがSSDS Mk.1だった。
RAIDSは意思決定支援のシステムだが、SSDSは武器も連接して、CIWS(Close-In Weapon System)や艦対空ミサイルによる迎撃の指令を飛ばせるようにした点が異なる。脅威の捕捉・識別だけでなく、交戦まで迅速にこなすには、武器も連接しなければならない。
SSDS Mk.1
SSDS Mk.1では、センサーとしてAN/SPS-49二次元対空捜索レーダー、AN/SLQ-32電子戦システム、AN/SPS-67対水上レーダー、IFF(Identification Friend or Foe)。交戦手段としてファランクスCIWSとRIM-116 RAM(Rolling Airframe Missile)艦対空ミサイルを組み合わせた。
SSDS Mk.2
続いて登場したのがSSDS Mk.2で、連接する要素をさらに増やした。Link 16データリンクや共同交戦能力(CEC : Cooperative Engagement Capability)を組み合わせることで外部センサーからの情報も取り込めるようになった。すると探知可能範囲が広がり、時間的な余裕を稼げる。
SSDS Mk.2では、センサーとしてAN/SPS-48E対空三次元レーダーやAN/SPQ-9B、武器としてシースパロー艦対空ミサイルを加えた。そして、最新のSSDSが扱うセンサーと武器は、以下のようになっている。
- 対空多機能レーダー:AN/SPY-6(V)2またはSPY-6(V)3
- 対空捜索レーダー:AN/SPS-48、AN/SPS-49
- 対水上/低高度警戒レーダー:AN/SPQ-9B
- TIS(Tracker Illuminator System)Mk.9
- CEC
- 電子戦システム:AN/SLQ-32(V)
- 艦対空ミサイ:RIM-116 RAMブロック2/2A/2B、RIM-162 ESSM(Evolved Sea Sparrow)ブロック1、ファランクスCIWS
同じSSDS Mk.2だが、搭載する艦によって、以下のように派生型が異なる。
- ニミッツ空母:mod.1
- フォード級空母:mod.6
- ワスプ級強襲揚陸艦(最終艦のマキン・アイランド):mod.3
- アメリカ級強襲揚陸艦フライトII:mod.4
- サンアントニオ級ドック型揚陸輸送艦:mod.2
SSDSとCSL
これは以前に取り上げた話の繰り返しになるが。SSDSは飛来する脅威を探知・捕捉・追尾・識別して、どれが脅威で、どれの優先度が高いかを決定する機能を持たなければならない。それができなければ交戦の指令を飛ばせない。
この脅威評価の機能は、イージス武器システムと共通する部分がある。それなら、脅威評価のプログラム・コードを共用することで、開発・試験の負担を軽減できる。だから、イージス・システムとSSDSは、例のCSL(Common Source Library)を通じてプログラム・コードを共用している。艦隊防空か個艦防空かという用途の違いはあるが、共用できるものは共用する方が良いに決まっている。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。