しばらく「艦艇と電測兵装」というテーマで来たからには、陸上の話も取り上げるのが筋ではないだろうか、と考えた。ところが、航空機や艦艇と比較すると、陸上で使われている電波兵器が脚光を浴びる場面は、相対的に少ないように思える。なぜか。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

陸戦では光学センサーに頼る場面が多い

陸戦の場合、歩兵に加えて戦車やその他の各種装甲戦闘車両(AFV : Armored Fighting Vehicle)、火砲、対空兵器といったあたりが戦力の中核となる。こうした陸戦兵器の一群と交戦する場面を考えてみると、実は電波兵器の出番があまりない。

具体的にいうと、Mk.1アイボールこと人間の目玉に始まり、赤外線暗視装置、光増式暗視装置、レーザー測遠機といった具合に、光学系のセンサーに頼る場面が多くを占めている。地上を移動する車両を空中から追跡する場面ではレーダーを使うことがあるが、陸上同士ではあまり使わない。

  • 陸戦では現在でも、状況把握を目視や光学センサーに頼る部分が多い 撮影:井上孝司

やはり、地上にいて、そこから地上にいる車両を捜索しようとすると、背景に各種の地形・地勢、森林、建物などがある場面が多く、そうした背景からのクラッターが多すぎてレーダー探知に向かないということであろうか。それに、レーダーでは探知目標を「点」として捉えることしかできないが、視覚的な探知手段なら「映像」として捉えることができる。

光学センサー依存で起こる弊害

そして、探知の多くを光学センサーに依存することが、実は敵味方識別の障害になっている。

同士撃ち(blue on blue)の回避は昔から変わらぬ課題だが、兵器の性能が上がり、命中率が向上したことで、同士撃ちが発生したときに友軍が犠牲になる可能性が上がった。

しかし一方で、識別技術についてはなかなか進歩がない。対空・対艦であれば、レーダーを用いて捜索して、探知目標に対してIFF(Identification Friend or Foe)で誰何できる。ところが、陸戦兵器同士ではそういう仕掛けがない。1990年代に、なんとか識別の手段ができないかといって試行錯誤がなされていたが、定着しないままにここまで来ている。

だから目視によって識別するしかなく、それ故に識別のための文字として「Z」と大書きするようなことも起きる。

探知以外の分野はどうか。もちろん無線通信は多用している。すると当然ながら、敵軍の無線通信を妨害する場面も発生する。だから、敵軍の通信を対象として内容を知るためのCOMINT(Communication Intelligence)収集、妨害を実現するためのELINT(Electronic Intelligence)収集、といった話もついて回る。

陸戦兵器でレーダーを使うのは防空がメイン

先にも書いたように、陸戦兵器同士の交戦でレーダーを使う場面は少ないが、陸上に配備するレーダーが皆無というわけではない。その理由は、防空にある。空から飛来する脅威の存在をいち早く知り、対処するためには、やはりレーダーが欲しい。

ただし地上軍は車両で動き回るものだから、レーダーも同じように移動式にするのが望ましい。固定設置で用が足りる陸上設置のレーダーは、国土防空用のレーダーサイトに設置するものぐらいだろうか。

  • 陸上で使用するレーダーは、移動しやすいように、コンパクトにまとめて車載化することが求められる場面が多い 撮影:井上孝司

また、これも防空の一種といえるが、C-UAS(Counter Unmanned Aircraft System)、いわゆる「ドローン対策」の重要性が認識されるようになった。するとC-UASシステムを配備する必要があるが、これには探知手段として光学センサーを使用するものだけでなく、レーダーを使用するものもある。

車載式にすることの難しさ

さて。動き回る地上軍に随伴するレーダー装置は当然ながら、車載式にしたいところ。すると、このことがサイズや重量を縛る要因になる。しかも、アンテナを立てたままでは高さが大きくなってしまうので、たとえばトンネルを通行する際に、天井にぶつかってしまう。

そこで車載式のレーダーでは、アンテナを起倒式にする事例が多い。身近なところでは、航空自衛隊のパトリオット地対空ミサイルで使用するAN/MPQ-53レーダーやAN/MPQ-65レーダーが、これをやっている。1面のパネルにアンテナ・アレイを取り付けて、それを起倒式、かつ旋回可能にしたものだ。

起倒式にすれば、使用しないときは寝かせておけるので、高さを抑えられる。回転式にすれば、車両を駐めた向きと脅威の向きが合わなくても、脅威の方向にアンテナを指向できる。

  • パトリオット地対空ミサイル用レーダー(のモックアップ)。上面に倒してあるのがレーダーのアンテナで、使用するときは立てる 撮影:井上孝司

ただし、旋回・起倒が可能な架台にアンテナを取り付けることになれば、その分だけメカが複雑になるし、重量も増えてしまう。しかも、そこに取り付けるレーダー自体、あまり大きくも重くもできない。

車輪1つ当たりの許容重量には、タイヤの能力、そして路面の負担能力に起因する制約がある。だから、タイヤをいくつ備えた車両にするかが決まれば、車両の総重量はだいたい決まってしまう。その範囲内で車両と、そこに載せるレーダーをまとめ上げなければならない。

そのこととも関係するが、陸戦用のレーダーではレーダー本体、管制設備、そして電源を、それぞれ別個の車両に載せることがよくある。できればひとまとめにしたいところだろうが、そうすると大きく、重くなりすぎるので、仕方なく分割するわけだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。